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Season企画小説
覚悟と勇気とクリスマス・3
 カレーの具を煮込む間、ダイニングテーブルでノートパソコンを開いた。
 別にスマホで見てもいいんだけど、やっぱり調べものするときは大きな画面の方が見やすい。
 阿部君へのプレゼントを何にするか検索しながら、ついでに不動産情報も色々調べてみたかった。
 大学生の恋人へのプレゼントって、相場は5千円から2万円程度なんだって。今までそういうの気にしたことなくて、知らなかった。
 でも、人気プレゼントっていうのを調べると、今まであげたり貰ったりしたのと、大きく外れてはないみたい。
 財布とかマフラーとか手袋とか……服とか。後、ベルトやキーケースっていうのもあって、自分じゃ思いつかないなぁと思った。
 4月からも使って欲しいなら、ベルトや高級ボールペンはいいのかも。
 社会人としてっていうと、カジュアルなものは使えないし。スーツに合うようなベルト、贈ろう、かな?
 それともボールペン? いつも胸ポケットに入れてくれてたら嬉しい、かも。でも……ケースに入れたまま放置されたら、って、そう考えると寂しい、な。

 ぶんぶんと首を振り、楽しい事考えようって思い直す。
 4月は門出、だ。
 新入社員、入社式、そんで、初給料。
 そういえば、始めてのバイト代って、何に使ったっけ? 初給料はどうしよう?
 阿部君に……って言いたいとこだけど、きっとムリだから、やっぱじーちゃん、かな?  じーちゃんにプレゼントって、逆に難しい、な。
 ブランドのキーケースも人気らしいけど、例えじーちゃん相手でもちょっと贈れない。
 お揃いの鍵を返し、それぞれが新しい鍵を持つことになる4月――。新しいキーケースは新しい鍵を連想して、直視できそうになかった。


 プレゼントのページを開いたまま、別タブでぼうっと不動産情報を見てると、玄関からバタンと音がした。
「ただいまー」
「お、帰り」
 返事しながらギョッとして立ち上がる。そういえば、カレーを煮込んだままだったの思い出した。
 焦って鍋を覗き込むと、水量はかなり減ってたけど、焦げ付いてはないみたいでホッとする。ちょっとだけ水を足し、炊飯器の様子を見ると、とうにご飯は炊きあがってて、また焦った。
 しゃもじを取って炊飯器の蓋を開け、引っくり返すようにざっくり混ぜる。
「きょ、今日ご飯、は?」
「おー、食う」
 そんな他愛もない会話が、今はすごく大事に思えた。
 なくしたくなくて、胸が痛い。

「カレーだ、よー」
 言いながら、沸騰して来た鍋にルーを割り入れると、コートを脱いだ阿部君がダイニングに戻って来た。
 パソコン、テーブルに置きっぱなしだって思い出したのは、その時だ。
 今日はホント、ぼけっとし過ぎでイヤになる。
「うおっ、ごめっ」
 おたまでルーを溶かしながら謝り、慌ててパソコンを閉じようと焦ると、「いーよ」って言われた。
「お前の部屋持ってってやるから、カレー作ってろ」
 呆れたように苦笑され、もっかい「ごめん」と阿部君に謝る。再びルーを溶かすべく、おたまで鍋をかき回してると――。
「これ……っ」
 阿部君がパソコンの前で絶句した。

 驚かれてから、何のサイトを見てたのか思い出し、ギョッとする。
「あ、ち、違うん、だ。ぷ、プレゼント、調べて、て」
 慌てて不動産情報のタブを消し、プレゼントに関してのページを阿部君に見せる。
「で、でも何買うかは、ひ、秘密、だ」
 ごにょごにょと言い訳し、ノートパソコンをパタンと閉じる。
 でも阿部君はまだそこに突っ立ったまま、オレの顔を見なかった。

 気まずい雰囲気のままパソコンをしまいに行き、深皿にごはんを入れる。
 黙ってるのも胸が痛いけど、話しかけるのもちょっと怖い。でも、このままこの空気を明日まで持ち越すのはもっと怖い。
 あともう3ヶ月しかないのに、残りをこんな雰囲気のまま過ごすのはイヤだ。
 別れは決まってるけど……決まってるからこそ、仲良くしたい。
 引越し、自分でしたがってるなんて思われたくない。でも、約束守れないのかって、責められるのも怖い。
 別れたくないし、同棲解消したくない。ただ、それを口にするには勇気が全く足りなくて――。
「く、クリスマス、一緒に過ごせる?」
 なけなしの勇気で言えたのは、こんな質問だけだった。

「……クリスマス?」
 阿部君がぼそりと呟いて、顔を上げてオレを見た。
 男らしく整った顔が少しこわばってるの見て、落ち着かなくてそわそわする。
 もしかして阿部君も、引越ししたくない? 別れたくないって思ってる? けど、それを確認するだけの勇気がない。
「イブは土曜、でしょ? ば、バイト、もしあるんなら、ば、晩ご飯だけ、でも、一緒に食べ、たい。ケーキ、予約して来た、し……」
 ごにょごにょと希望を告げてると、じわーっと頬が熱くなる。
 恋人なのに。同棲してるのに。なんでこんなこと話すだけで、オレ、緊張してるんだろう?
「あの……ダメ、です、か……?」
 断られることを恐れながら、そっと上目遣いで立ちっぱなしの恋人を見上げる。
 阿部君はやがて大きなため息をついて、「いーよ」って苦い顔で笑った。

「予約、ケーキだけじゃダメだろ。チキンどーすんの?」
 大きな手でぽんと頭を撫でられて、びくっとして、ふひっと笑う。
「ち、チキンは、当日でも買える、よっ」
 冷めかけたご飯に熱々のルーをかけ、テーブルに置くと、阿部君も少し頬を緩めて「うまそー」って呟いた。

(続く)

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あきゅろす。
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