Season企画小説
覚悟と勇気とクリスマス・2
結局オレには、覚悟と勇気が足りないんだと思う。
阿部君のいない生活を始める覚悟。阿部君と別れる覚悟。恋人じゃなくなった阿部君と、今度は友人として接する覚悟。それと……「別れたくない」って言う勇気。
卒業と同時に別れるのは、前からの決定事項だ。
ズルズル引きずらないように、って阿部君が、同棲を始める前提条件として決めた。
それ以来、オレたちの間でその件が話題になったことはない。けど、阿部君から念押しされるのもイヤだし、オレだって「もう終わりだよね」なんて確認めいたことしたくない。
別れを望んでるようなこと、言いたくなかった。だからずっと訊けないままで――とうとう最後の12月になっちゃった。
豚肉のパックと、鳥モモ肉のパックと、ベーコンのパックをカゴに入れてため息をつく。
夕飯、阿部君も食べるかどうか、訊いてない。コンビニのバイトはシフト制で、朝だったり夜だったり色々みたい。
残りを明日も食べられるよう、カレーにしちゃおう、かな? シチューがいい? 生鮮コーナーに向かいながら、何作ろうかなって考える。
献立を考えてる間は、ちょっとだけ先のことを考えずにすんで、気持ちがわずかに楽になった。
でもその気分も、お総菜コーナーの前を通りかかった時にすぅっと陰る。
――クリスマスチキン、パーティセット予約受付中――
そんな文字が目に入って、クリスマスどうしようって、胸の奥が重くなった。
今日の夕飯のことさえ聞いてないくらいだから、クリスマスの予定も当然、阿部君から聞かされてない。
「一緒に過ごせる?」って、去年までなら軽く訊けたハズの言葉が、どう頑張っても口から出ない。
一緒に過ごしたい、って、希望を伝えるのも、今はちょっと難しい。
だって最後なのに……って、口に出したくない。
「最後のクリスマスだから一緒にいたい」んじゃないんだ。オレ、ホントは最後にしたくない。けど、そう言う勇気もなくて。
……阿部君から「ワガママ言うな」って、冷たく拒絶される覚悟もなかった。
色々迷ったけど、クリスマスケーキの予約をした。
1番小さな4号サイズで、2人だとちょっと少ないくらいだけど、オレ1人でも食べられなくはないサイズ。
1号3cmなんだって。4号だと、つまり直系12cm。そんな豆知識を予約の時に教えて貰って、ちょっとだけ心が浮き立つ。
阿部君に伝えたい。「へぇ、知らなかった」って笑って欲しい。会話の糸口にしたい。
けど、「あ、そう」ってブチッと会話を切られる可能性もなくはなくて、そう考えるとどよんとした。
会話、減ってるなぁって思う。
先週の誕生日の時も、普通に平日でバイトだった、し。「ケーキあるよ」って言うと、「なんで?」って真顔で返事されて、自分で誕生日だって忘れてたみたいで、ビックリした。
阿部君だって、もうとっくに卒業はほぼ確定になってるんだし、ゆっくりすればいいのに、な。大学の友達も、みんな旅行行ったり免許取ったり、ゆっくりと過ごしてる。
就職したら、こんなにのんびりできない――って。
オレもそう思うし、ずっと前に阿部君にもそう言ったんだけど、だから余計に阿部君は、バイトに精を出してるみたい。
「買いてぇモンがあるんだよ」
と、そう言われれば、バイトに反対することもできない。
勇気を出すために必要なんだって。何を買いたいのか訊いたら、「内緒」って言われたから、その話題はそれっきり終わりになって、結局今も知らないまま、だ。
勇気って何だろう?
オレには言えない物? 関係ないオレには内緒なの?
買いたい物を買うお金、まだ溜まってない、の、かな? それともそれはとうに買って、今は違う理由でバイトしてるんだろうか?
バイトを熱心にすればする程、一緒にいる時間も少なくなるし、結果的に会話も減る。
一緒に住んでるのに、「おはよう」も「おやすみ」も言えない日が多くて、もうじき同棲も終わるのに、寂しかった。
大学を卒業したら、もっともっと寂しくなるの、かな?
それとも、この部屋を出て独り暮らしを始めたら、割り切って過ごせる?
別れが決まってるのに別れてないから、中途半端で余計に寂しいんだろうか? だったら、慣れなきゃいけないの、かな?
もしかして阿部君も、慣れようと努力してる?
だったら今、あんま顔を合わせなくなってる状況も、阿部君がわざと作ったものかも知れない。
ひどい、寂しい、って思いはするけど、でも「やめて」って訴える勇気もないから、オレにはもう、どうしようもなかった。
寒さに震えながら帰り道を急ぎ、イルミネーションの下を走って帰る。
よそのベランダを彩る飾りをちら見して、マンションに駆け込み、部屋に戻る。部屋の中はさっきより寒くなってたけど、外よりはマシ、だ。
ピッとリモコンを操作してエアコンを入れ、手を洗って夕飯作りに取り掛かる。
今日はやっぱりカレーにしよう。お米を研いで炊飯器にセットして、それから野菜の皮を剥く。ジャガイモと、ニンジンと、玉ねぎと……後、何入れよう?
料理をしてる間は、料理の事しか考えらんないから、無心になれる。投球練習と一緒だって気付いてから、料理作るの好きになった。
阿部君は相変わらず料理は戦力外だけど、高1の時よりはできること、多くなった。
前にそう言ったら、「うるせーよ」って怒られて――。
ふひっと思い出し笑いしてから、その日々が遠いことに気付いて、どよんとする。
「プラス!」
大声で口に出し、両手で頬をぺちんと叩く。
けど、誰もいない部屋にそれは空しく響いただけで、昔みたいに前向きの呪文にはならなかった。
(続く)
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