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Season企画小説
しりあい恋愛・7
 ステーキは、無茶苦茶美味かった。
 三橋さんが焼いてくれたからってだけじゃねぇ。柔らかくて肉汁たっぷりで、口ん中で蕩けそうだった。
 付け合わせは、ジャガイモとししとうの素揚げだったけど、シンプルなのに妙に美味い。
 ソースも手作りらしい。
「うまっ!」
 思わず声を上げると、「美味い?」って三橋さんが嬉しそうに笑った。
「よかった。りょ、料理、趣味なんだ」
 そんなこと、初めて聞いた。っつーか、今までそういう話なんてしたことなかった。
「へえ、趣味は男の尻かと思ってた」
 照れ隠しにニヤッと笑いながら皮肉を言うと、「お、お尻はライフワーク、だよっ」って。

 こんな美味い肉食ってんのに、相変わらずの発言で雰囲気も台無しだ。
 けど、高級レストランじゃこんな会話絶対できねーし。リラックスしていつもどおり振る舞える、今の方がいいのかも。
 ステーキの他にあったのは、カボチャとブロッコリーのサラダに、色とりどりのキッシュ、アボカドのスープ。
 三橋さんは「簡単、だよー」って言うけど、料理なんてろくに作れねぇから、それがホントなのか謙遜なのかもよく分かんねぇ。
 ただ、どれもすごく美味かったのは確かだった。
 食い終わった後の皿は、食洗機に突っ込むだけでいいそうだ。手伝おうとしたら、「座ってて」って言われた。
「阿部君、は、主役だから」
「オレ? それともオレの尻?」
 冗談めかして訊いたら、「阿部君、だよ」って言われて、ドキッとした。

「お尻は、オードブル。あ、後、デザートにも、していい?」
 照れ臭そうな顔は可愛いけど、言ってること自体は相変わらずのヘンタイぶりで、せっかくのトキメキも台無しになる。
 つまり、メシの後もオレの尻を好きにしてぇってことなんだろうか?
 「はいはい」と適当に返事して、生温い気持ちに浸ってると、三橋さんがどっかからワインを1本持って来た。
「これ、ピノ・ノワールの20年物、なんだ。ちょっと早い、けど、飲もう?」
「ピノ……はあ?」
 ピノ何とかが何かも分かんなかったけど、「ちょっと早い」の意味も分かんなかった。
「ピノ・ノワール。ブ、ブルゴーニュのブドウの品種、で、飲みやすいんだ、って」

 初心者向けだよー、と言いながら、三橋さんが手慣れた様子でワインの封を開け、コルクを引き抜く。
 2つのワイングラスに、とくとくと注がれる赤ワイン。
 そのグラスと、三橋さんとを見比べて、期待に胸が高鳴った。
「オレ、まだ誕生日……」
 ぼそりと呟くと、「もうすぐ、でしょ」って。
「後3時間くらい、だし、誤差の範囲、だよ」
「誤差って……」
「じ、時差的、な?」
 ふひっと笑いながらワイングラスを目の前に置かれ、恐る恐るグラスの足に指を掛ける。
「……知ってたんスか?」
 何を、とも言わずにぼそっと訊くと、「当たり前、だよー」って笑われた。

 一旦諦めた後だったから、予想外の喜びに感情がついて行けねぇ。
「乾杯、しよ」
 にこっとグラスを掲げられ、促されるままグラスを掲げて乾杯を交わす。
 ピノ何とかっつーワインは、初心者向けっつーだけあって甘みがあって、あっという間にグラスの中が空になった。
「夜は長い、から、ゆっくり飲もう、ね」
 そう言いながら、オレのグラスに2杯目を注いでくれる三橋さん。
「ホ、ホントは、土日に泊まって貰おう、と、思ってたん、だ。けど、やっぱ誕生日の方がよかった、よね」
「いえ……」
 ワインを飲みながら、短く答える。
 誕生日のこと、どうせ知らねぇんだろうって思い込んで、誤解してたのを思い知る。

 だったら土日の方がよかった、なんて今更言えねぇ。
 言ってくれたらよかったのに、って思うけど、オレだって「誕生日なんです」って打ち明けらんなかったんだから、どっちもどっちだ。
「ケーキもある、よー」
 そんな言葉を聞かされて、どうしようもなく胸が熱い。
 ワインの効果もあるかも知んねーけど、酔いより感動の方が上だ。
 ――好きだ、と思った。
「三橋さん。キスしていーっスか?」
 カタンと立ち上がり、彼の真横に立ってその顔を覗き込む。
 機嫌よさそうに笑ってる三橋さんは、いつも通りの余裕ぶりで、ちょっと悔しい。返事を待たずにキスすると、すぐに舌が差し出され、甘く熱く絡まった。

「プレゼント欲しーんスけど」
 キスの合間に囁いて、白く色っぽいうなじを撫でる。
「まだ、誕生日じゃない、でしょ」
 って。さっきは誤差の範囲だとか言ってたくせに。この場面で焦らそうってとこが、相変わらずタチ悪ぃ。
 けど、それに付き合って「はいはい」って流されてやれる気分じゃなかった。
「今欲しい」
 キッパリ告げて立ち上がらせ、細身の体を抱き締める。
 「お尻は?」って、こそっと囁かれたけど、とてもそんな余裕はねぇ。
「デザートは最後だろ」
 オレがそう言うと、三橋さんは「えー」と不満そうに言ったけど、素直にオレをベッドルームに入れてくれた。

 そこにあるベッドも、いつものホテルと同じような幅の広いヤツだった。間接照明の落ち着いた雰囲気の部屋で、やっぱどこまでもセレブって感じだ。
「三橋さん……」
 ベッドの側でもっかい抱き締め、ベッドに座らせて押し倒す。
 セーターを脱がせ、シャツのボタンを外しながら、その下の肌を手のひらで撫でる。
 いつもよりほんのり熱い肌。ワイン味のキス。
 いつもと違う部屋での、いつもと違う手順での行為は、いつも以上に背徳感があって、でも好きで、ぞくぞくした。
「阿部君、も、脱いで……お尻」
 尻かよ、って苦笑しつつ、求めに応じてオレも服を脱ぎ捨てる。

「好きです」
 覆い被さり、組み敷いた格好で愛を告げると、三橋さんもふひっと笑って――。
「オレ、も」
 そう言って、裸の足でオレの尻をするっと撫でた。

(続く)

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