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Season企画小説
しりあい恋愛・5
 校門の方に近付くと、喋ってる声が聞こえて来た。
「どういう関係なんですかー?」
 甲高い女の声には聴き覚えがある。薄暗くて、遠目じゃよく分かんなかったけど、どうやら顔見知りの連中ばっかみてーだ。
「阿部君、と?」
 三橋さんの声に、ドキッとする。
 こっちに背を向けてる彼は、どうやらオレの接近に気付いてねぇらしい。他の連中は「あっ」って顔してんのに、それにも気付いてねーんだから、そういうとこは鈍感で呆れる。
「おしり……あい、かな」
 お尻、って聞こえた瞬間にもドキッとしたけど、それより「知り合い」って言われたことが胸に刺さった。
「ええーっ」
 きゃっきゃと笑う女子。オレを見てニヤッと笑ってる男子。連中に囲まれてる三橋さんはにこにこ機嫌よさそうで、ますますモヤモヤが募る。

「何言ってんスか」
 スタスタ歩み寄りながら声を掛けたのは、その和気あいあいな空気を断ち切りたかったからだ。
 ただの「知り合い」のオレに、嫉妬する資格なんかねぇのかも知んねぇ。オレなんて、たまたま尻が好みに合っただけの、大勢の中の1人かも。
「うお、阿部君」
 パッとこっちを振り返り、三橋さんがオレを呼ぶ。
 三橋さんは珍しく私服で――でも、やっぱ私服もセレブっぽくて、高級そうな白のセーターがほんわかした顔によく似合ってた。

 そういや私服見たのも初めてだっけ、ってぼんやりと思う。
 いつもと違うのは服装だけじゃねぇ。運転手もいなかった。普段は後部座席でオレを隣に座らせて、ホテルに行くまでの間も尻を触ってたりするくせに。運転、できんのか?
「運転手さんは?」
「今日は、休み、だ」
 休みがあんのなんて当たり前なのに、それを聞いて驚いた。
 そういや、休日に会うのは初めてだっけ。今まで何度も会って来たけど、いつも仕事のついでだったんだなって、何となく悟ってきて胸が痛む。
 そうこうしてる内に、顔見知り連中はいつのまにか遠ざかってて、校門前には2人きり。誰かに「じゃーな」とか言われたような気もするけど、全く耳に入らなかった。
「助手席、乗って」
 にへっと笑いながら言われ、戸惑いながらドアを開ける。
 複雑な思いを抱えるオレをよそに、三橋さんはやっぱ機嫌よさそうだ。当たり前のように運転席に座って、シートベルトを装着してる。
 その様子は案外サマになってて、分かってたけど大人だなと思った。

「……運転中、尻とか触んねーでくださいよ?」
 冗談っぽく言うと、「うえっ」って目を見開かれた。
 やっぱ触るつもりだったのか? つーか、やっぱ尻ばっかか? 呆れて苦笑するけど、車が動き出しても居心地の悪さはなくなんねぇ。
 助手席の視界は思ったより広くて、そんで尻も触られねーで、何話せばいいか分かんなくなった。
 じきに外が暗くなり、ダッシュボードの明かりだけが車内を照らす。
 ハンドルを握ってる三橋さんは真剣そうで、話しかけていいのかどうかも分かんねぇ。
 いつもいつも尻タッチを仕掛けられてばっかだったから、何もして来られねーと、勝手が違って困惑する。
 いや、だからって別に、尻触って欲しいとかじゃねーけど。
 運転中は運転だけに集中して欲しいけど。
 でも、なんか、間が持たねぇ気がして、さすがにちょっと気まずかった。

 こうして考えてみると、お尻お尻うるせーのは三橋さんなりの、コミュニケーションの取り方だったんかな?
 まさかな、と思いつつ、ぼうっと車窓からの夜景を眺める。
 そしたらビルとビルの合間の小さな広場みてーなトコに、イルミネーションの明かりがぶわっと見えた。
 青と白の2色しかねーけど、光が溢れてて結構キレイだ。ぼうっと見てると「夜景、好き?」っていきなり訊かれて、ドキッとした。
 目を奪われてたのがバレてたみてーで、ちょっと気恥ずかしい。
「ど、どっか寄って、く?」
「いや、別に。いーっスよ」
 今更カップルめいたことなんて期待してねーし。カップルだらけんとこに、オレらが行ったって空しいだけだっつの。

「じゃ、じゃあ、このまま真っ直ぐで、いい?」
「いーっスよ。つーか、最初からそのつもりだし」
 ふっと笑いながら言うと、「そ、そうか」って返された。
 運転手のいねぇ、2人だけの車内にカチカチとウィンカーの音が小さく響く。
 どうやら三橋さんが黙りがちだったのは、運転に余裕がねぇからみてーだ。けど、やっぱ途切れがちな会話はどうしてもぎこちなくて、ようやく地下駐車場に入った時は、ホッとした。

 降りた先が、いつもの高級ホテルじゃねぇって気付いたのは、駐車場から出た時だ。
 ホテルん時は正面玄関前のロータリーで降ろされてたから、駐車場まで入ったことは1度もねぇ。だから、地下駐車場に車が停まった時も、変だとは思わなかった。
「あれ……ここ、どこっスか?」
 ホテルのきらびやかなホールとは違う、アースカラーの落ち着いた色合いのロビーに入ってギョッとした。
 戸惑って足を止めると、ギュッと手首を握られる。
「行く、よー」
 って。有無を言わさずオレを引っ張ってくのは相変わらずで、ほんの少し懐かしい。手首を掴む力も強くて、振り払える気がしなかった。

「いや、ここどこっスか、って」
「いいからいいから」
「よくねーよ!」
 ビシッとツッコミを入れつつ、やけにセキュリティの厳しいドアを進むと、エレベーターに乗せられた。
 ドアが閉まった瞬間、むにっと尻を掴まれて、「ちょっ!」と焦る。
 ここがどこかの説明もねぇままで、期待と緊張と、それから「期待すんな」って牽制する気持ちとが入り混じって、一気にノドがカラカラになった。

(続く)

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