Season企画小説
しりあい恋愛・4
最初に金を握らされたせいか、それ以降も三橋さんはオレに金を握らせた。
金額は1回2万円。
多いかどうかは分かんねーけど、元々は尻を愛でるだけだったし。それ考えると、数十分で2万は高い方かも知んねぇ。
「た、ただのお小遣い、だよ」
三橋さんはにへっと笑ってそう言うけど、小遣い以上の意味があんのは明白だ。それに何となく納得いかなくなってんのは、オレの気持ちが変わって来てるせいだろう。
オレの尻を撫でまくるとき以外で、「好き」なんて言わねぇ三橋さん。
オレかオレの尻かっつったら、確実に尻を選ぶだろう男尻フェチのヘンタイ。
なんで彼は、オレと寝てくれてんだろう? オレの尻を好きにする報酬? 性欲解消? 嫌じゃねーから? ……オレが求めて来るから、か?
オレたちの間に、確かなモンは何もねぇ。
どういう関係かって訊かれたって、どう答えていいかも分かんねぇ。
セフレ? いや、小遣い貰ってるし……愛人? ヒモ?
少なくとも、「恋人」なんて呼ばれるようなモンじゃなくて、日が経つごとにモヤモヤが募る。
考えて見りゃ、三橋さんのことを何も知らねぇ。
名前と役職と年齢、出身大学、ケータイ番号とアドレス。男の尻が好きなこと――。
オレが彼に関して知ってんのはそれくらいで、オレと会わねぇ日、どうしてるかも知らねぇ。
一応あんなんでも副社長サンだし。ちゃんと仕事してんのかな? それとも他の誰かの尻を、同じように撫でてんのか?
もし不意打ちで、オレの方から「会いたい」っつったら、どうする?
「なあ、今度の月曜、会える?」
情事の後、シャワーを浴びて濡れ髪を拭きながら訊くと、三橋さんはけだるげにベッドに横たわったまま、「う、え……」とちょっと戸惑った。
「げ、月曜……?」
「そう、11日」
むくっと体を起こし、視線を泳がす三橋さん。スケジュール帳を探してんのか、ケータイを探してんのかよく分かんねーけど、予定外だったのは確かみてーだ。
オレと会う予定はなかった。その事実だけで十分で、ちくっと胸が痛む。
「あ、か、会議、ある、けど。夜、なら……」
「いや、いーよ」
三橋さんの説明を途中で遮り、「会える?」つった言葉を自分で取り消す。
「訊いただけだし。やっぱいい」
キッパリと告げて、背を向ける。
誕生日に会いてぇとか、どこの乙女だって感じの思考だ。そもそもオレらは恋人じゃねーし、甘い時間を期待するだけ間違ってた。
まとってたバスローブを落とし、ボクサーブリーフ1つになる。床に脱ぎ捨てたままだった服を拾い、帰るべくそれを着ようとすると――。
「阿部、君」
後ろから三橋さんの声がして、いきなり腰に抱き着かれた。
立ったままの尻に頬ずりされて、またかよ、とうんざりする。いい加減慣れたけど、今はちょっと傷心中で、いつものように寛容になれねぇ。
「もう終わっただろ」
とげとげしく言い放ち、腰に抱き着くヘンタイを振り払う。そしたら三橋さんがふひっと笑って、「月曜、会おう」って言い出した。
「そ、その代わり、日曜は泊まり、だよっ」
「泊まりって」
三橋さんの言葉を繰り返し、振り向いてその白い顔を見つめる。
にへにへと笑み崩れてる様子に、副社長らしきセレブなオーラは少しもねぇ。
「ひ、一晩中、尻、枕……」
うひっと笑いながらそんなことを呟くヘンタイに、ちょっと呆れた。
けど、今までセックスの後に泊まったことも、「泊まれば」なんて引き留められたこともなかったから、特別感が正直嬉しい。
どうせオレの尻を1晩中撫で回してぇだけで、他に意味なんてねぇんだろうけど。でも誕生日の朝を、一緒に迎えることができそうなのは、僥倖だ。
だったら、尻の1つや2つ、少しくらい好きにさせてやってもいい。
「ふわあ、ホント可愛い、な……」
ぺろんとボクサーをめくり、中を覗き出してる彼に、「はいはい」と返事する。
「好きだ、なぁ」
って。下着ん中覗きながら言うんじゃねーっつの。
尻だけか、って、どうしても考えちまうのは仕方ねぇ。ただ、例え尻だけだったとしても、求められんのは喜ばしい。
……諦めて、そう考えることにした。
日曜に大学に行く用事はなかったけど、待ち合わせはいつも通り、大学の正門前にした。
他の場所で待ち合わせて、うっかりはぐれても勿体ねぇ。
どうせ、イルミネーション見に行くとか、そんな情緒なんか期待してねーし。だったら、車がUターンできるだけの広さがある分、大学の前の方が便利だろう。
また、車でいつものホテルに直行かな?
晩メシは用意するっつってたけど、またあのドラマみてーなルームサービスを頼むんだろうか?
食ってる間中、ずっと尻撫でんのさえなけりゃ、何頼んでも美味いからいーけど。あれ多分、店だと尻が撫でらんねーからルームサービスじゃねーのかな?
ふふっと笑いながらいつもの駅で降り、まっすぐ大学通りを歩く。
12月の夕暮れは、天気が良くてもかなり寒い。
コートの前を合わせ、マフラーをキツく巻きなおす。足早に正門前に向かうと、三橋さんはもう来てて――。
いつもの車の側で数人の男女と話してて、遠目にも楽しそうに見えてモヤッとした。
(続く)
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