Season企画小説 焦燥の部屋・5 「何が……よろしくって?」 ここに住んでるって? だからオレに出てけって? ……それとも? 「どういう意味かワカンネーんだけど」 思いっ切り不機嫌な声で言うと、叶は「マジ?」と素で驚いた。 「三橋がもう、ここを出たいっつってさー。でも、いきなりルームメイトがいなくなったら、阿部がこっち戻った時、困るだろうからって。そんで、オレも丁度、東京で部屋探してたから、三橋の代わりに……」 叶の説明を聞きながら、ぞっとした。 とても最後まで聞いていられなくて、途中で遮って尋ねた。 「ちょっと待て。三橋は!? 今どこだよ?」 「会社の近くに引っ越した」 叶はそう、過去形で言った。 「もう、ここを出たいって!? 何で?」 怒鳴るように訊くと、叶はちょっとムッとして。 「そりゃ、お前にも原因があるんじゃねーの?」 と、猫のようなつり目を細めた。 ドキッとした。 こいつ、どこまで知ってんだ? オレ達のこと。どこまで三橋から聞いてんだろう? 測りかねて黙ってたら、叶がまた口を開いた。 「お前、そんな焦るほど大事な親友なら、放置すんなよな。放置しただろう? 『寂しいから、ここにもう住みたくない』っつってたぞ。とにかく、ルームメイトのお前はいねーし、10年越しの恋人とはうまくいってねーしで、ダブルパンチくらったみたいだな」 恋人とうまくいってねぇ。 ルームメイトとしてのオレもいねぇ。 「寂しい……」 オレは視線を下げて、叶の言葉を噛み締めた。 『焦るほど大事なら、放置するな』 そんなこと、今更気付いても遅ぇーのか? ……三橋。 叶は三橋の部屋の戸をカチャッと開け、オレの部屋の方をちょっと覗いた。 「おーい、換気、もうよくねーか? 寒ぃ」 声を掛けられて、ハッとする。窓、開けっぱなしだった。 「ああ……悪ぃ」 叶は三橋の部屋にズカズカと入って、オレ達が愛し合ったセミダブルベッドの、見覚えのねー濃紺の布団の上に、自分のコートを無造作に放った。 そして、ルームメイトの顔で言った。 「お前、いつこっち帰って来んの?」 「ああ……来月」 そう言うと、叶は驚いて、「何だ、早ぇな」と言った。 「三橋はもっと先みたいなこと言ってたけど。そんな早く戻れるんなら、早く言ってやれば出て行かなかったのに。メールしたか?」 メール……いや、していなかった。 もう帰れるんだから、それでいーだろ、と思ってた。 つか、後回しにしてる内に、忘れた。 黙ってたら、叶が言った。 「あいつ、メアド変わったのは知ってるよな?」 ……そんなの、知ってる訳がなかった。 叶は遠慮もなくエアコンを点け、慣れた様子でキッチンに立ち、コーヒーを入れて、ダイニングの椅子にドサッと座った。 オレは、ダイニングのもう一つの椅子に座り、叶の入れたコーヒーを眺めた。 コーヒーを飲みながら、叶が訊いた。 「お前、知ってっか? 三橋の恋人?」 オレは質問の意味を測りかねて、「あー、まあ」と曖昧に返事した。 「それが何?」 すると叶は、微苦笑を浮かべて。 「いやー、この前一緒に呑んだ時、愚痴っつーか悩みっつーか聞いてて。セックスレスってどう思うって、いきなり相談されたんだけど」 「せっ……!?」 セックスレス。 言われてみれば、確かにそうか? 別にしたくねー訳じゃねーけど、あの部屋は……両隣に聞こえそうで、イヤなんだよな。 マンネリだし。 けど、三橋がそんな話を叶にしてたって、何かスゲー意外だった。 そういう下世話な分野って、田島が専門じゃね? ああ、でも田島だと、相手がオレだって分かっちまうか? 「意外だろ?」とオレに同意を求めながら、叶は続けた。 「月に1回会うか会わねーかなのに、セックスレスってどう思う……ってさ。そんな生々しい話聞かされても困るっつの。あいつ、そーんな性欲ありそうにねーのにな」 ははは、と叶はちょっと笑って、オレが笑ってねーのに気付いて、笑うのをやめた。 「……そんでさ、そりゃーヤバいだろって話になってさ。じゃあ土下座して頼んでヤらせて貰えって、冗談半分に言ったんだ。そしたら、あいつ、『もう頼んだ』つってさー。おいおい、って思ったけど、どうだったって訊いたら……」 叶は言った。 どうだったって訊いたら、「勝手にしろ」って言われて、マグロみてーに仰向けで寝っ転がられたんだって。 「そんでも一応ヤったらしーんだけどさ。やっぱ気持ちの伴わねーセックスは、余計辛くなっただけだったって……」 辛くなっただけだった、って……三橋は泣いたんだ、って。 「ヒデーよな。どんな女だっつの。そりゃもう、愛情も何もなくねーかっつってさ」 叶は、ははは、と笑って……また、オレが笑ってねーのに気付いて、笑うのをやめた。 勿論覚えてた。三橋との最後の夜。 後味の悪いセックス。 「勝手に入れて、勝手に動け」 冷たく突き放しちまったオレに、三橋は。 「分、かった」 そう言って、従った。 三橋は――泣いていたのに。あの時オレは、三橋じゃなくて、天井を見てた。 ――オレの方が被害者だと思ってた。 「お前も知ってる子だろ?」 叶が言った。 ああ、よく知ってる、と、心の中で応えた。 「その話、初耳か? ホントお前、相談相手になってなかったんだなー。お前がショック受けてどうするよ? まあ、とにかく、恋人とはそんなんらしくってさー」 叶は、饒舌に話しながら、テーブルの上のケータイに手を伸ばした。 「で、このケータイ、恋人専用にしちゃったんだって。極端だろ? スマホに替えて、番号もメアドも新しいの用意してさ。で、恋人にだけはそれを教えねーで、ずっとこっちのケータイのままで。けど、鳴らないケータイは持ってるのが辛いから、置いてくってさ」 叶はそう喋りながら、電源の落ちたケータイを、開けたり閉めたりした。そして、飽きたようにテーブルに戻した。 オレと一緒に買いに行って、オレが選んでやったケータイは……いつの間にかオレ専用になっていて、充電もされずに捨てられてた。 オレが先週から、何度も……何度も何度もかけた電話も。送ったメールも。三橋は受け取ってさえいなかった――。 「オレ、スマホの方、聞いてねーんだけど。教えてくれねーか?」 叶に頼むと、「マジか?」と叶はびっくりしてた。 「お前、どんだけ三橋と会話してねーんだよ。じゃあ、三橋に言っとくわ、お前が知りたがってたぞーって」 「いや……できたら今、教えてくんね?」 けど、叶は。 「いやー、それはちょっとなー、エチケット違反っつーか。良心が咎めるから、やめとくわ。悪ぃ。けど、絶対に三橋にメールさせるから!」 そう言われたら、「頼む」つって、引くしかなかった。 三橋からメールなんて、来るはずねーのに。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |