Season企画小説 しりあい恋愛・1 (2017阿部誕・学生阿部×社会人三橋) その年上の男との関係は、こんな一言で始まった。 「キミ、お、お尻可愛いね」 大学を出て、駅に向かう途中でのことだ。 「は?」 突然の言葉に振り向くと、そこにいたのは高級そうな3つ揃えのスーツを着た男。 日焼けしてねぇ白い顔、上品に整えられた薄茶色の髪。服もそうだけど、履いてる革靴もピカピカで、いかにもエリートって感じの社会人だ。 なのに、言ってることは残念でギャップが激しい。お尻可愛い、って。何だソレ? けど、ソイツはオレの困惑なんか気にしねーで、ぐいぐい来る。 「いいよ、す、すごい可愛い。うわ、こんな可愛いお尻、は、初めて、見た」 真剣な顔で言われて、すげー怖ぇ。ドモリながら言い募られんのも怖ぇ。1歩後ずさると相手も1歩踏み込んで来て、距離が開かねぇ。 つーか、後ろに回り込もうとすんなっつの。 「あの、オレ男だけど」 見りゃ分かることを敢えて言うと、「分かってる、よっ!」って力説された。 「お、女の尻なんて、興味、ない。それよりキミ、だ。ふあ、可愛い。……さ、触っていい?」 「いい訳ねーでしょう」 さり気にカバンで尻を隠しながら逃げると、ぐいっと腕を掴まれた。同時に「きゃー」と声が上がって周りを見ると、同じ大学の連中が遠巻きにオレと男を眺めてる。 こんな場所でこんな会話してりゃ、目立つのも当然だ。 とっさに掴まれた手を振り払おうとしたけど、ますます強く握られて離れねぇ。 ひょろっとした外見なのに、意外に握力が強くてビビる。戸惑ってると、いつの間にか両手で拝むように握られた。 「逃げないで」 って。いや、そっちこそその手を放せっつの。 ギョッとして一瞬固まった隙に、手の中に何かがカサッと握り込まれる。メモみてーな小さな紙片じゃなくて、何か、札っぽい? 「な、何……?」 ビビりながらそっと覗くと、万札らしいものが見えて鳥肌が立った。 そうしてる間に、外野はどんどん増えてるみてーで、「あれ、誰?」「ほら経済学部の……」とか噂されてんのが耳に入る。 「阿部が男をナンパしてんの?」 って。逆だっつの。勘弁してくれ。 手の中の紙幣なんか見られたら、余計にヤベェ。 まさか、それを狙ってんじゃねーだろーな? 無害そうに笑ってる相手をじろっと睨むと、きょとんと首をかしげられた。 「きゃー、見つめ合ってるー」 そんな心外なヤジに、イラッとする。見詰め合ってんじゃねーっつの。睨んでんだろ? どうしたらそんな風に見えるんだ!? 「ちょっ……あの、ここじゃちょっと」 赤面しながら苦情を言うと、今度は肩を掴まれた。 「そ、そうだね。人目のない、とこで、話しようか」 「いや、話も何も……」 逃げようとしたけど、肩を掴む手が強くて逃げらんねぇ。「放せ!」って怒鳴ってやろうとしたけど、その前に周りの野次馬の視線が気になる。 手の中の万札も気になる。 「こ、こっち」 「いや、そうじゃなくて」 「いいからいいから」 にへっと笑いながらも、ぐいぐいオレを引きずる男。 どこ行くのかと思ったら黒塗りのデカい車に乗せられて、高級ホテルに連れ込まれた。 途中で逃げようと思ったけど、「受け取ったよ、ね」ってにこにこ顔で囁かれたら、ろくに抵抗もできなかった。 案内されたのは、ベッドが1つの割に妙に広い部屋だった。 ダブルか何か分かんねーけど、とにかく横幅の広いベッド。重厚な家具に、ミニバーまである。 ヤベェ、って思ったのは勿論のことだ。 尻はヤベェ。 突っ込む方はともかく、突っ込まれんのはムリだ。いや突っ込むも何も、女とだって経験ねぇっつの。 「こ、ここなら静か、でしょ?」 ふひっと笑みを浮かべながら、部屋の入り口に鍵をかける男。 金を握らされ、丸め込まれてここまで連れ込まれて、我ながらちょっと情けねぇ。 つーか、コイツの方が一枚上手ってことなんだろうか? 無害そうな顔して、もしかして相当遊んでる? じりっと後ずさるオレに、ソイツはにっこりと微笑んで、今更のように名を名乗った。 「お、オレ、三橋廉、です。キミ、は?」 名刺を渡されんのは初めてで、どうすりゃいーのか困惑する。 肩書きを見ると、取締役副社長って書かれてて、それにもまたギョッとした。 しかもミホシ、って。一流企業だよな。 「あー……オレは阿部隆也」 名乗りながらも、やっぱ困惑は隠せねぇ。差し出す名刺もねー時は、学生証でも見せるべきか? けど、そもそも「お尻可愛い」なんて言ってくるヘンタイに、そんな対応必要か? 「じゃあ、阿部君!」 オレの手を再び両手で握り、三橋がにへっと笑みを浮かべた。 「お、お尻、見せてくだ、さい」 「はっ!?」 自己紹介から突然そんな要求に切り替わり、ついて行けなくて絶句する。 「受け取った、よね?」 こてんと首をかしげて指摘されんのは、まだ手に握ったままの万札だ。 「いや、返す」 ぐっと右手を突き出すと、「ムリ、だ」ってツンと顔を背けられた。 「契約不履行、は、認め、ない」 って。勝手に金を握らせといて、そんな主張はアリなのか? まさか、と思うけど、法律には全く詳しくなくて、もっと勉強しときゃよかったって、後悔した。 「……見るだけ?」 恐る恐る訊くと、にへっと無邪気に笑われた。 「Yes」とも「No」とも言わねぇ、無害そうな笑みが怖ぇ。貞操だけは、断固守ろうと思った。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |