Season企画小説
オンザロック (2017ポッキーの日・社会人・先輩×後輩)
水割りの氷を、ポッキーがカランとかき混ぜた。
マドラー、は? と、ツッコんでいいのかどうか分かんなくて、ぽかんと口を開く。それを見計らったように、そのポッキーがぽいっと口に突っ込まれて、ドキッとした。
じわーっと赤面してくのを誤魔化すように、突っ込まれたポッキーをポリポリと噛み砕く。
さっきお酒を混ぜたのに、ちっとも水っぽくなってない。むしろほんのり水割りの味がして、いつもより美味しいような気がした。
「み、水っぽくならないん、です、ね」
ぼそりと呟くと、「当たり前だろ」ってニヤッと笑われた。
「ポッキーオンザロックって知らねーの?」
からかうような問いに、黙ったまま曖昧に微笑む。
ポッキーは氷水のグラスに飾って出すのがイイんだ、とか、そんな話聞いたこともない。
有名な話なのかな? どういう時に出すんだろう? ホームパーティ? お洒落なバー?
どっちにも縁がなくて、「そう、です、か」としか答えらんない。そもそもこういう静かなバーで、お酒を飲むのも初めてだった。
カシスソーダを飲むオレの目の前で、彼はゆったりとグラスを持ち、水割りを味わうように飲んでいる。
阿部さんは、職場のすごい先輩だ。
優秀で有能な仕事人間で、営業成績もすごいイイ。係長や課長とだって対等にバリバリ話するし、会議でだって積極的に話、する。
格好いいし、背は高いし、足は長いし、姿勢もいい。仕立てのいいスーツを着こなし、最前線で仕事する様子はすっごく格好いいし憧れる。
職場の女の人達もこっそりきゃあきゃあ言ってるし、人気あるしモテるのに、ちっとも浮いた話がないのは、一体なんでだろう?
なんで、オレなんかを飲みに誘ってくれたんだろう?
阿部さんをちらちら見ながら、カシスソーダを1口飲む。「何にする?」って訊かれて、選べなくて戸惑ってたら、見かねて注文してくれたお酒、だ。
「それ、美味い?」
静かな声で訊かれ、こくりとうなずく。
正直、美味しいかどうかさえ、お酒を飲み慣れないオレには分かんなかったけど、彼が選んでくれたってだけで、オレにはヒドく美味しかった。
「阿部さん、のは、美味しい、です、か?」
ぼそぼそと訊くと、「美味ぇよ」とニヤッと笑われた。
「ウィスキーにも色々あってさ……」
静かに語られる、ウィスキー談。国産がどうとか、外国産がどうとか、オレにはよく分かんない。
でも、ネクタイを緩め、水割りを掲げる阿部さんはさっきより機嫌よさそうで、オレも何だか嬉しくなった。
「ブレンデッドもたまにはいーぜ」
ふふっと笑い、グラスをカランと鳴らす阿部さん。
無造作にグラスを掴む手は、ゴツッと大きくて男らしい。仕事のできる手、大人の手だ。いいなぁと思った。
「マスター、同じのもう1杯」
カウンターにグラスを掲げ、阿部さんが嬉しげに頬を緩める。
いつもキリッとした眉がほんの少し緩んでて、垂れた目尻と合わさって色っぽい。
「そ、そのお酒、好きなん、です、ね」
「風味がな」
風味、と言われても、オレにはよく分かんない。
味が好きとか、匂いが好きとか、ウィスキーの好みにも色々あるっていうけど、うなずくしかできない。
間もなく運ばれて来た水割りを、かき混ぜるのはまたポッキーだ。
カラン、とグラスの中で氷が鳴り、雫をまとったポッキーが水割りの中からするっと出される。
試すような視線と共に、オレの方に向けられるポッキー。
お酒の好みすらよく分かってないオレだけど、彼が好きだって言う風味のそれを、もっかい味わいたいと思った。
(終)
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