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Season企画小説
いらないお土産 (社会人・2017ストッキングの日・完全版)
 週末の夜、阿部君がいい笑顔で、「お土産だ」って、100均のビニール袋を差し出してきた。
 駅前にはちょっと大きな100均の店があって、会社帰りにあれこれ買ってくるのは珍しくなかったから、何の疑いもなく受け取った。
 アイスとか見慣れないジュースとか、ちょっと少な目のお菓子とか……怪しいパッケージのカップラーメンとか。いつもなら大体は、食べ物だ。
 だから、てっきり今日のもそういうモノだと思ったんだけど、受け取った瞬間、妙に軽くて「あれ?」って思った。
 袋の中を見ると、入ってるのはくるんと丸まった肌色の何かだ。ビニール包装の上から触ると、ふにふにしてて布っぽい。
 何だろうって取り出して見てみると――ストッキング、ってパッケージに書かれてて、ビックリした。
「ス……、うええっ?」
 驚いて妙な声を上げるオレをよそに、阿部君はさっさと奥のベッドルームに行って、スーツから部屋着に着替えてる。

「お前、風呂は?」
「も、もう入った、けど……」
 戸惑いながら答えると、阿部君は替えの下着を持って、「あっそ」って浴室の方に消えて行く。
 慌てて追いかけて、「こ、れっ」って差し出すと、「いーだろ」って。一体何がいいのか分かんないけど、そのニヤニヤ笑いはちょっと不穏、だ。
 もしかして、これ、オレにはかせようって思ってんの、かな? それとも阿部君、が?
 ちらっと想像して、うわぁ、と思う。
 それはナイ。どっちもナイ。オレがはくのもイヤだけど、これをはいた阿部君もイヤ、だ。
 あ、それとも普通に足にはくんじゃなくて、別のことに使うの、か?

 ストッキングで別のことって、何だろう? 頭にかぶる? そ、それじゃ罰ゲームみたいだし、違う、よね?
 罰ゲームっていうなら、普通にはくのも罰ゲームかも知れない。
 ストッキングをはく罰か、頭にかぶる罰か、どっちがマシなんだろう? っていうか、一体何の罰なん、だ?
 ぐるぐる考えてるうちに、風呂場の中折れ戸がカタンと開いて、阿部君がもう出てきた。
 ドキッとして、ビクッとする。
 脱衣所の前で立ち竦んでると、目が合った。
「ば、罰、ゲーム?」
 思わず訊くと、阿部君は「はあ?」と目を見開いて――それから、整った格好いい顔に、ニヤッと楽しげな笑みを浮かべた。

「罰ゲームじゃねーよ。プレイだ」

「ぷ……」
 プレイ、って。余計に意味が分かんない。「さあ」って手首を掴まれて、リビングに連れて行かれ、握ってたストッキングを奪われる。
「はかされる方がいい? それとも、自分ではく?」
 あ、やっぱりオレがはくんだ、とちょっとだけホッとしたけど、ホッとしてる場合じゃなかった。
「パンツも脱ぐんだぞ」
 そんな指示に、ええっ、と思う。
 す、ストッキングって、パンツの上からじゃなかった、っけ? えっ、違うの、か?
 その辺の知識は、そういうお姉さんの写真とかでしかなくて、どうだったっけ、って途方に暮れる。
「は、はかない、って選択、肢、は……」
「ある訳ねーだろ」

 真顔でキッパリ否定され、だよね、って思ったけど、うなずけない。
 そもそもはくだけじゃ終わりそうになくて、オレはごくりと生唾を呑み込んだ。

「そ、その前にご飯、を」
 オレの提案に、阿部君は「はあーっ?」って一瞬凄んだけど、でもすぐに考えを改めたみたい。「そうだな」ってうなずいた。
 ホッとしたけど、直後、間違いだったかもって気付く。
「空腹じゃ、プレイに集中できねーもんな」
 ニヤッと笑われて、しまった、と思ってももう遅い。空腹を訴えるなら、もうちょっと後にするべきだった。
 お風呂と同じく、ちょっぱやで晩ご飯を平らげてく阿部君。一方のオレはって言うと、お腹すいてたハズなのに、胸がいっぱいで食べられない。
 胸にどんどん溜まってくのは、夢や希望、ドキドキじゃなくて、不安と焦りとソワソワだ。いや、ガクブルかも知れない。分かんない。
「さあ」
 そんな一言を漏らし、阿部君が椅子から立ち上がる。
 食器を流し台に運んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと、もうちょっと待って欲しい。
「お、オレ、まだ食べてる、から」
 キョドリながらそう言うと、「待つよ」ってニコッと笑ってくれた。

 阿部君の「待つよ」ほど、当てにならないモノはない。「早くしろ」って促されるのはいつもだけど、「待つよ」ってニコッとされるとギョッとする。
 そしてその予感は、やっぱり今日も外れなかった。
「待つ間暇だし、手伝ってやるよ」
 爽やかに言いながら、阿部君がリビングからさっきのストッキングを持ってくる。
「な……」
 何を手伝うって言ってるのか、分かっちゃってガーンとなった。
 お茶碗とお箸とを持ったまま、部屋着のズボンを脱がされる。両方ともテーブルに戻せば抵抗できたハズなのに、そんなこと思いつきもしなかった。
「ちょっ、オレ、ご飯っ!」
「うん、だから待ってんだろ」
 しれっと言い返されるけど、ちっとも待ってないし、邪魔してるとしか思えない。
 下着だけは死守しようと、行儀悪く足を立てたら、椅子ごと向きを変えさせられた。

 これ、とてもご飯食べる体勢じゃないんだけど、どうすればいいんだろう?
 諦めて茶碗と箸をテーブルに置くと、「ごちそうさま?」って笑われた。むうっとふくれっ面で睨んでも、ちっとも効果はないみたい。
「さあ」
 そんな掛け声に、ドキッとする。
「はかされる方がいい? それとも自分ではく?」
 さっきと同じ質問を投げられ、どっちもイヤだ、って首を振る。
 ビミョーに猫なで声なのが怖い。
 ロックオンされてるっぽいのも怖い。
「しょ、しょ、しょ、食器、洗わない、と」
 あわあわと言ったけど、今度は「あー?」って凄まれたりもしなかった。
「オレが洗ってやるよ。『ごちそうさま』の後でな」

 意味深な言葉に、言い返すこともできないまま、繊細な布地をはかされる。
 オレがはくのも初めてなら、阿部君もはかせるの初めてで――簡単に伝線するものだって、知ったのも初めてだった。
「あ……まあ、いーや。どうせ破るし」
 無残に穴の開いたストッキングを見て、阿部君がニヤッと笑う。
 まだヒザまでしか覆われてないけど、はき心地はひたすら不気味で、なんとも言えない。
「Lサイズだぜ」
 って、そんな情報、どうでもよかった。するっと足の甲に頬ずりされて、「ひぃぃぃ」と悲鳴が漏れる。
 このプレイの一体何が、そんなに楽しいか分かんない。
 はかせたかったのか、破りたかったのか、それとも、オレが涙目になるのが見たかったのか……。
 どっちにしろ、晩ご飯はこれ以上食べられそうもなかった。

   (終)

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