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Season企画小説
思い出して欲しいこと・10 (終)
 それからは徹底的に阿部君を避けた。
 阿部君はっていうと、特に怒ってる感じじゃないっぽいけど、でもなんでキスしたのか、理由を求めてはいるみたい。逃げても逃げても、追いかけられた。
「三橋は?」
「三橋知らねぇ?」
 無表情のまま探されると、ちょっと怖い。
 なるべくニアミスしないよう気を付けたけど、廊下でうっかり遭遇しちゃったときは、「んぎゃあっ」って悲鳴を上げちゃった。
「何が『んぎゃあ』だ」
 すかさずツッコミ入れられたけど、言い終わる前にダッと逃げた。
「三橋!」
 張りのある声で呼ばれる名前。聞こえてるのに逃げるって状況、なんだかすごく久し振り、だ。

 あの頃はすぐ怒鳴る阿部君が怖かった。なのに今は、怒鳴らない阿部君が怖いなんて、自分でもヘンテコだと思う。
 廊下を走り、男子トイレに逃げ込んで、個室のドアの陰にバッと隠れる。
「また阿部か?」
 居合わせた泉君に笑いながら訊かれたけど、答えてる余裕はない。ドドドドド、と廊下を走る音が聞こえて、阿部君だ、と悟る。
「三橋ィ、どこ行った!?」
 そんな声が廊下に響いて、さらに個室に縮こまる。
「出て来い!」
 って、大声で言われたって、出て行けるハズがない。
 ドタドタと走る音が遠ざかり、しばらくしてから泉君が「もういーぞ」って教えてくれた。

 男子トイレの入り口で腕組みして、廊下を遠く眺めてる泉君は、どことなく楽しそうだ。
「あからさまに怒って追いかけてくる阿部も怖ぇけど、無表情で追いかけてくる阿部も怖ぇな」
 さっきオレが思ったのと同じことを、くくっと笑いながら呟く泉君。
「そっ」
 そうだよね、と同意して、こくこくうなずいて廊下を歩き、教室に戻る。
 どうやら、阿部君はすでに来た後だったみたいで、「阿部来たぞ」って田島君に教えられた。
「まだ逃げてんの?」
 面白そうに訊かれて、素直にうなずく。
 じわーっと赤面しちゃうのは、逃げてる理由を知られてるからだ。
 じきにチャイムが鳴り、休み時間の追いかけっこが無事終了したことを知る。
 いつまで続けるんだろうって思ったけど、いつまでか自分でも分かんない。
 ただ、阿部君が早く諦めてくれればいいのにな、って思った。

 6時間目の授業が終わると、オレは速攻で教科書を片付け、「じゃあっ」って走って校舎を出る。
 阿部君の教室には近寄らない。
 阿部君が教室に来ても、見つからないようサッと隠れる。ニアミスしたら慌てて逃げるし、見つかって追いかけられたらもっと逃げる。
 土日は襲撃を恐れて、ケータイの電源も入れずに田島くんちに避難した。
 そして月曜、火曜も無事終えて、いよいよ明日から中間試験が始まるって日の水曜日――。
「捕まえた」
 トイレから出ようとしたところで手首を掴まれ、ギョッとした。
「ひっ、ヒィィィィッ!」
 悲鳴を上げて逃げようとしたけど、掴まれた腕を振り払えない。再びトイレに連れ戻され、奥の個室に入れられる。
 和風便器を挟んで向かい合わされ、至近距離で睨まれて、怖くて心臓が止まるかと思った。

「なに怯えてんだよ」
 抑揚のない声で訊かれ、「だ、って」と余計青ざめる。
 Abmhシンドローム、感情を失くしてく奇妙な病にかかった阿部君には、もしかして恐怖も理解できないの、かな?
「逃げるようなことしたのか?」
 って、責めるように言わないで欲しい。
 黙ってると「ちっ」と舌打ちされて、ひぃぃっ、と震えあがった。無茶苦茶怖い。
 トイレの壁に背中をつけ、精一杯距離を取ろうとしたけど、壁に両腕を突かれ、腕の中に囲われて、余計に密着しただけだった。
 壁ドンか、と思ったけど、茶化してるような余裕はない。
 いつの間にか阿部君の足は、和式便器をまたいでこっち側に来てる。息のかかる距離に顔を寄せられ、「逃げんな」って告げられて、ホント、悲鳴を上げそうだった。

「なんで逃げんの?」
「ごごごごごご、ご、めん」
「なんで謝んの?」
 淡々とした問いに、謝罪しかもう思いつかない。顔が近い。息がかかる。体温がすごく近くて、ドキドキして、好きで、緊張し過ぎて吐きそう。
「吐く」
 思わずそう言うと、「はあ?」って顔をしかめられた。
「お前、この状況でそれかよ」
 って。そんなこと言われても、怖いんだから仕方ない。ちっ、と舌打ちがまた聞こえて、びくびくと戦慄が走る。
「ごごごごめん」
 もっかい謝ると、キリッとした眉の間に、しわが刻まれてヒィッと怯えた。

「き、キス、してごめん。お、オレ、サイテー」
「あー、サイテーだな」
 オレの謝罪にかぶるように、阿部君がオレを静かになじる。その言葉にビクッとしたけど、傷付く資格はオレにない。
「ごめん」
 もっかい謝ってうつむくと、「上向け」ってアゴに触れられ、上向かされた。次の瞬間、ちゅっと唇に何かが触れたけど、意味が分かんなくて立ち竦む。
 今の……何?
 ぽかんと阿部君を見上げると、彼の顔が再び寄せられ、また唇が塞がれた。開いたままだった口の中をべろっと舐められ、ギョッとする。
「お返し」
 目の前で、阿部君の整った唇がニヤリと歪む。

 笑った!?
 けど、そう思ったのも一瞬で、またキスされて確かめられない。口の中に舌を差し込まれ、ぐいぐいと押し舐められ、「んんっ」と喘ぐ。
 意味が分かんない。
 キスの意味が分かんない。
 先にキスしたのはオレだけど、それは好きだったからと、カーッとしたからと、それと……なんだっけ?
 顔が熱い。目眩がする。阿部君の顔が、恥ずかしくて怖くて見られない。
 無表情なのか、それとも何か、表情があるのか、確かめたいけどよく見えなくて、どうすればいいか分かんない。
 ただ、不快な顔じゃなければいいなって、そんだけを思った。

 17歳の誕生日、プレゼントなんて欲しくないけど、何か貰えるなら阿部君がいい。
 怒鳴って、笑って、不愉快そうに眉をしかめて、悔しさに歯噛みして、前向きで、「くそっ」って平気で悪態をつく――そんな阿部君に、また会いたい。
「オレ、阿部君に言いたいこと、ある」
 これ以上ないってくらい真っ赤になりながらそう告げると、阿部君はいつもより少し穏やかな声で、「何?」ってオレに囁いた。

   (終)

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