Season企画小説
思い出して欲しいこと・7
連休明け、1日だけ学校を休んだ阿部君は、翌日から普通に登校した。
普通に朝練に参加して、オレたちに「おはよ」って挨拶した後、一緒にベンチで着替えだす。
「検査、どうだった?」
訊きにくいことを代表して訊いてくれたのは、花井君。阿部君はふと着替えの手を休め、花井君を無表情に見返した。
「Abmhシンドロームじゃねーかってさ」
あまりに淡々と告げる阿部君に、みんなが一瞬しーんと黙る。
こんな時、何て言っていいのか分かんなくて、オレも何も言えなかった。気まずい沈黙の中、もっかい口を開くのは、やっぱりキャプテンの花井君だ。
「その……大丈夫なのか?」
「何が?」
真顔で訊き返され、花井君が言葉に詰まる。
「ケガじゃねーんだから、野球できる。何か問題あんのか?」
そう言われれば、「ない」としか答えようがない。
夏にケガして戦線離脱した本人の言葉だったから、余計に否定のしようがなかった。
テキパキと黒アンダーを着て、その上に練習着を羽織る阿部君。その阿部君を見つめたまま、何も言えずにぼうっと立つ。
「早くしろよ、朝練終わるぞ」
キャップをぐいっとかぶりながら促され、慌てて着替えを再開させたけど、彼のようにテキパキとって気分にはなれなかった。
春大は終わっても、野球シーズンはまだまだ続く。練習試合のスケジュールが次々決められ、それに対する練習も多くなる。新入生を交えたチーム編成も、少しずつ多くなった。
控えの投手も何人か入り、バッテリーの組み合わせも練習試合ごとにどんどん変わる。
ヒイキなしでエースで居続けるためにも、立ち止まってはいられない。そう思うけど、そのためには阿部君と、ちゃんと向き合わなきゃいけないような気がした。
阿部君が本来表情豊かなんだってこと、オレはしっかり覚えてる。花井君や栄口君や、みんなだって覚えてる。
けど、4月に入ったばっかの新入生は、よく分かってないみたい。怒鳴ってるか、無表情か、どっちかのイメージしかないって知って、なんでかオレの方がグサッと来た。
ちらっとも笑わない阿部君は、確かに大声で怒鳴る阿部君より怖い。
淡々と注意されると、怒ってるのか怒ってないのか、それすらハッキリ分かんなくて怖い。
オレだってそう思うんだから、新入生は多分もっと怖いんだろう。けど、だからって避けないで欲しい。
「あの人言い方キツイよな」
1年生がぼそぼそ噂してんのを聞いて、胸がぎゅうっと痛くなる。
怒鳴れば感情的だって責めて、淡々と叱らればキツイって……そんなの勝手、だ。間違ったこと言ってないのに、非難するなんて、ズルい。
「阿部君、は、悪くない、よっ」
思わず弁護すると、「すみませんっ」って謝りながら逃げられたけど、オレに謝ったって仕方ない。
阿部君の感情が失くなっちゃったの、阿部君のせいじゃないのに――なんで、分かって貰えないんだろう? こんな状態、いつまで続くの?
でも、原因さえハッキリ分かってない奇病かもだから、治し方だって分かってなくて、調べようがなかった。
「何かで頭打ちゃ治るんじゃねーか?」
金属バットで素振りしながら、田島君が阿部君に提案する。
悪い冗談にギョッとしたけど、阿部君自身はって言うと、それでイヤな思いもしないみたい。
「記憶喪失かよ」
真顔でツッコミまでしてて、言葉だけ聞いてるとまるでいつも通りだ。けど、その目はやっぱ笑ってないし、言葉そのものにも抑揚が薄い。
「別に、大した症状でもねーだろ」
にこりともしないでそんなことを言われても、説得力がなかった。けど、だからどうなんだっていうと、どうしようもない。
ただ、脳裏にふっと浮かぶのは、連休中にネットで調べた、別の心身症の治療法だ。
――不快な感情を先に。
そんな解決法、原因の違うAbmh症候群には当てはまらない。けど、ここ数日、そんな考えが頭をよぎって仕方なかった。
不快なって、どんな感情だろう?
思いっきり不快にさせたら、そっから何か感情を思い出したりしない、かな?
バカな考えかも知れないけど、そもそも原因だって特定できない病気なんだし、可能性はあるかも知れない。
不快、不快、不快……阿部君は何がイヤだろう? 暑いとか、臭いとか、じめじめするとか、気持ち悪い、とか?
ぐるぐるとそんな考えが頭をめぐり、他のことが考えられない。
「来週からテスト期間だし、部活なくなるぞ」
花井君のそんな宣言に、田島君が「うえーっ」と悲鳴を上げる。けど、阿部君は「もうそんな時期か」って淡々としてて、少なくとも中間テストは不快じゃなさそうだと分かった。
じゃあ、何だったら不快だろう?
そんなことを考えながら、昼休みの校庭を歩いてるとき――。
「ヒドイ! もっと言い方あるでしょ!」
そんな甲高い声と共に、パシッと肌を打つ音が木立の向こうから聞こえて、ハッとそっちを見てしまった。
「言い方って何?」
淡々と訊き返す阿部君の、左の頬がちょっと赤い。
「だから……っ」
激高したように言葉を詰まらせてるのは、どっかのクラスの女の子だ。女子は3人、阿部君は1人で、何があったか何となく分かって、ソワソワしたしドキドキした。
「そもそもオレ、アンタの名前知らねーんだけど」
抑揚のない声で冷然と告げられ、女子の1人が「わあっ」と泣く。
「なんで泣くんだよ?」
阿部君の声は、どこまでも冷たくて、それ以上聞いてられない。
いつもなら阿部君、きっとそんな風に突き放す人じゃない、のに。けど、誤解しないで欲しいって思う反面、彼女には諦めて欲しいとも思う。
それは、オレも阿部君のことが好きだから、かな?
「阿部、君! しゅっ、集合、だよっ!」
大声で呼びかけて割って入り、右手を掴んで女子の前から阿部君を連れ出す。そのままダッと校庭を走り抜けたけど、何だか頭がいっぱいで、どこに向かってるのか自分でも分かんない。
顔が熱い。胸が痛い。自分でも、どうすればいいか分かんない。
「もういーよ、離せ」
手を振り払われて、ドキッと心臓が飛び跳ねる。
阿部君の目にも、顔にも、オレを気遣うような色は見えなくて、病気なんだって分かってるけど、ぐさっと来た。
(続く)
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