[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
思い出して欲しいこと・6
 監督が帰って来たのは午後6時、そろそろ練習を終えて片付けようとしてる時だった。
 阿部君は一緒じゃなくて、その代わりシガポとコーチの姿が見える。
 どうしたんだろう、ってみんながザワザワ噂する中、「集合!」ってモモカンの号令がかかった。
「みんな、お疲れ様。今日の試合については、また明日ゆっくり話そうね。それと阿部君だけど……」
 一旦言葉を切って、シガポたちの方に目を向ける監督。
 イヤな予感にドキドキする中、監督がオレたちに告げたのは、こんなことだった。
「阿部君は体調を崩して、ゴールデンウィーク中は部活を休むことになりました。連休中だから詳しい検査も受けられてないの」
 それを聞いて、みんなが一瞬ざわついたけど、監督が「静かに」って手を叩いたら、またしーんと静まった。

 確かに言われてみれば連休中で、世間は休みなんだなぁと思う。
 検査ができてないなら、詳しいことは誰にも何も分かんない。じれったくて胸が焦げるような気がしたけど、だからって、何かできるとは思えなかった。
「みんな心配だろうけど、きっとストレスもあったと思うし、そっとしてあげようね」
 そう言われれば、騒ぐこともできない。
 また、ストレスって聞いて、それぞれ思うこともあったんだろう。みんなで顔を見合わせたけど、誰からも反論は出なかった。
 聞かなかったことにできる程子供じゃないけど、何だどうしたって訊きたがる程大人でもない。
 そんな中、「監督」って手を挙げたのは、西広君だった。

「阿部の症状って、アレキシサイノミアじゃないんですか?」
「アレ……?」
「何……?」
 聞き慣れない言葉に、みんなが目を丸くして、うかがうように顔を見合わせる。「知ってるか?」って訊かれても、オレも分かんない。
 けど、モモカンはどうやら知ってるみたいだ。
「検査ができてないんだから、まだ何も言えないよ」
 少しこわばった顔で、それだけを答えた。

 解散した後、みんなでわあっと西広君を囲んだ。
「さっきのあれ、何?」
 花井君の問いに、みんながうんうんと同意する。「決まった訳じゃないよ」って前フリの後、西広君から教えてくれたのは、心身症の1つだってことだった。
「感情や不平不満なんかをさ、無理矢理押し込めて我慢しすぎると発症する、現代病の一種だって。感情がなくなって、何も感じられなくなるらしいよ」
「感情が……」
 西広君の説明を聞き、誰かがぽつりと小声で漏らす。
 怒鳴ることがなくなり、対抗心やガッツがなくなり、笑うこともなくなった阿部君。
 彼の心がビシッとひび割れるのを想像して、ぐさっとオレの胸も痛む。
「すぐ怒鳴んのはどうかと思うけど、無理矢理抑え込んだって、なぁ……」
「怖くない阿部は、阿部じゃないよね」
 みんなが口々に言って、しんみりと黙り込んだ。

「でもさ、もしかしたら別の病気かも知れないんだ」
 と、そう言ったのは、また西広君だ。
「原因不明で似たような症状になる、Abmhシンドロームっていう病気もあるんだ。こっちは、感情が1つ1つ失くなってくっていう奇病で、原因もまだ特定されてない。アレキシサイノミアの方がうつ病に似てるのに対し、こっちの方はうつ病みたいに、塞ぎ込むみたいなのがないんだって」
 その説明に、みんながまた顔を見合わせる。
 原因不明って言われると、ちょっと怖い。心身症かもって言われるのも、よく分かんなくて不安だけど、原因が分かんないっていうのは、不安よりも怖かった。
「どっちなんだよ?」
 誰かのじれたような問いに、「検査待ちじゃない?」って答える西広君。
「治す方法は?」
「アレキシサイノミアの方だと、不快な感情から先に感じさせるようにするらしいけど、Abmhシンドロームの方は、何しろ原因不明だから……」

 西広君の解説に、すごく落ち着かない気分になる。
 不快って、どんなことを言うんだろう?
 脳裏に浮かぶのは、怒ったように眉をしかめる阿部君の顔で、それはあんま見たくないなと思った。
 いつも笑ってて欲しい。前向きで、朗らかで、うつむかないでいて欲しい。時々はオレのこと、叱って欲しい。でもそれより、楽しそうに野球して欲しい。
 自信満々でニヤッと笑って、光の中に立つ阿部君が好きだ。
 不快な顔は見たくない。
 ――けど、不快なことを不快だって自覚することが、人間には大事みたい。イライラするとか、ムカつくとか、不安だとか……イヤだ、とか。
「自分で辛いのに気付かない、気付けないのは、かなり重症なんだって」
 西広君の言葉を聞きながら、阿部君を想う。
 大口君とのことをきっかけに、怒鳴るのをやめようとした阿部君は、その原因まで感じるのをやめたのかな?

 帰ってから、ネットでこっそり調べてみたけど、アレキシサイノミアのことも、それからAbmhシンドロームのことも、難し過ぎてよく分かんなかった。
 ただ、誰もがなる可能性のある、現代病だっていうのは分かった。
 あと、ポジティブに考えようって努力すればする程、ドツボにハマることもあるって、そんなことも初めて知った。
 要はバランスだって――これ、前にも誰かから聞いた気がする。誰だろう?
 阿部君に訊けば分かるかな? と、そう思ったとこで、阿部君に頼り過ぎてるなぁって反省も浮かんだ。そういうのも、負担だったかな?
「阿部君……」
 ぽつりと名前を呟き、机の上にバサッと突っ伏す。
 会いたい。話したい。声が聞きたい。顔が見たい。けど、もしストレスとかが原因だって言うなら、オレとの会話もストレスになる、かも。
 去年の捻挫のときみたいに、阿部君ちに行けたら、って思わないでもなかったけど、あのときみたいに阿部君からのメールはなくて、きっかけが掴めない。
 自分から会いに行って、「何か用?」って真顔で訊かれたらって思うと怖いし、イヤそうにされるのも怖い。
 阿部君は、最近イヤそうな顔さえしてなかったけど――。

『不快な感情から先に、感じさせるようにするらしいよ』

 西広君の言葉を思い出し、ふと思いついて、顔を上げる。
 阿部君が、もしオレと会うのが不快なら……それこそ、感情を取り戻すきっかけにもなるのかな?

(続く)

[*前へ][次へ#]

23/29ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!