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Season企画小説
鬼渡し・3
 いつも賑やかな分校だが、今日はひときわ元気な声が響き渡った。
 朝の挨拶が終わった後、いつもならすぐに授業が始まるところなのに、女教師が珍しく「机ごと集まって」と言ったのだ。
 子供たちは「わあっ」と声を上げ、ガタガタと盛大な音を立てながら机を引きずり、真ん中に寄せた。
 そうして何をするかというと、工作である。
「今日は節分だね。なので、みんなで鬼のお面を作ります。鬼ってどんなのか、みんな知ってる?」
 女教師の言葉に、再び賑やかな歓声が上がる。みんなが「はーい、はーい」と競うように手を挙げた。
「顔赤い」
「髪もじゃもじゃでねー、角生えてるの」

 友達が口々に言う特徴に、廉は首をかしげた。
 廉にとっての鬼とは隆也だ。確かに角はあるものの、髪がもじゃもじゃでもないし、赤くもない。
「金棒持ってる」
「大きくて、強いの」
「虎の毛皮着てる」
「がおーって、怖い」
 怖いと言いながら、きゃっきゃと楽しそうに笑う子供たち。廉はやっぱり「違うよ」と思ったが、口に出すことはできなかった。
 みんなの意見に逆らう勇気はなかったし、自分の思いを主張できるだけの度胸もない。
「そうだね、みんなよく知ってるね」
 尊敬する女教師が、みんなの意見を否定しなかったのも、大きかった。

 鬼は怖いものなのだろうか?
『オレのこと怖くねーのか?』
『食っちまうぞ』
 出会ったばかりの頃、隆也にそう言って脅かされたことがある。けれど廉は、隆也のことを怖いだなんて、1度だって思ったことはなかった。
 けれど、そう、廉にはどこまでも優しい隆也だったが、それ以外には、決して優しいだけではないことも知っている。
 熊を追い払うとき、鹿を狩るとき、そして廉を助けるとき――稀に見せる隆也の本性は、恐ろしく覇気があり、大きく頼もしく力強い。
 隆也を怖いとは、やはり思えない廉だったけれど。
「じゃあみんな、こわーい鬼のお面を作るよ」
 女教師の言葉に、怖くて頼もしくて大好きな、隆也の顔を思い浮かべた。

 一方の仲間たちはというと、みんな楽しそうに「はーい」と教師に返事をしている。
 やがて1人1人に1枚ずつ画用紙が配られ、寄せた机の真ん中に、ちびたクレヨンのいっぱい入った紙箱が置かれた。
 まだまだ巷では高価なクレヨン、さらにこのような山村では、手に入れるのも難しい。みんなで使えるようにと、学校側で用意するのは珍しいことではなかった。
「紙一杯に、大きな鬼の顔を描くんだよ」
 わぁっと歓声を上げながら、子供たちはみんな、争うように好きな色を取っていく。
 ぼうっとしていた廉は出遅れたが、それは大体いつものことだ。それに、祖父から贈られた自分のクレヨンを持っていたので、出遅れても問題なかった。
 ランドセルの中からクレヨンの箱を取り出して、黒い色を手に握る。
 黒しか頭に浮かばなかったし、鬼を描くというなら、他の色では有り得なかった。

「廉君、赤いの貸ぁしぃて」
「い、いーよ」
 友達と他愛ないやりとりを交わしながら、黒いクレヨンを握り締めて、ぐりぐりと色を塗る。
 真っ黒な顔に、真っ黒な髪、そして黄金に光るねじくれた角、尖った牙。キリリと精悍な眉を描き込み、目を黄色に塗ると、みんなに口々に「怖そう〜」と言われた。
「すげー、黒鬼、かっけぇーっ!」
 はしゃいだ声の悠一郎に誉められて、廉が「う、へ」と照れる。
 そう言う悠一郎の鬼は緑で、多くの子供たちは赤だったけれど、他にはピンクもいたし青もいた。だが、真っ黒に塗ったのは廉だけだった。
 みんなでハサミを回して使い、それぞれの力作の鬼の顔を切り取る。
 それから、目玉のところに穴を空けて貰い、余った画用紙で輪を付けて頭にかぶれるようにしたら、完成だ。
 分校の子供たちが、人数分の鬼に変わる。

 そのままきゃあきゃあと追いかけっこが始まったが、それを許す女教師ではない。
「こら、危ないからお面着けたまま走っちゃダメだよ!」
 キビキビとした声で叱られて、はしゃいでいた子供たちが、ピシッと止まって席に戻る。
 廉はまだ、もたもたと輪を付けている最中で、走るどころか席を立ってもいなかったのだが、みんなと同じく背を伸ばし、「ごめんなさい」と謝った。
「分かったなら、みんなお面を置いて、後片付けだよ。それが終わったらお弁当を食べて、午後からは豆まきしよう」
「豆まきーっ!」
 子供たちが声を揃えて、嬉しそうに笑った。
 嬉しいのはお弁当だろうか、豆まきだろうか? いつも以上にわいわいとはしゃぎながら、いつも以上にテキパキと、落ちた画用紙の破片を掃除する。
 クレヨンは片付けられ、寄せられていた机は離され、いつもの分校の教室に戻った。

 豆まきとは、何だろう?
 そう思ってよく考えた廉は、ふと、羽織袴姿でビシリと升から豆をまく、厳格な祖父のことを思い出した。
 隆也と暮らし始める前、廉は祖父の家でいつもひとりだった。
 ご飯を食べるのもひとりだし、話し相手もいない。祖父のことを畏れていたので、近寄ろうともしていない。だから、節分という行事のことも知らなかった。
 老いても張りのある声で、何やら繰り返し唱えながら、ビシリビシリと豆をまいていたのは覚えている。
 煎った豆が廊下を打ち、飛び跳ねる固い音を聞いて、痛そうだと思ったような気もする。
 あれをぶつけられたら痛いだろう。
 幼い頃に抱いた思いは、今でもまだ廉の心の奥底に残っていて――。

 だから。
「節分には豆をまいて、『鬼はぁ外ぉ』って、鬼にぶつけて追い出すんだぜ」
 友達の悠一郎の言葉に、廉はがーんと衝撃を受けた。

(続く)

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