Season企画小説
鬼渡し・2
野猿の完成から数日後、予想通り雪が降り始めた。
最初、落ちては消えるばかりだったぼた雪も、降り続ければ積もり出す。山小屋の周りは勿論、分校のある山村も真っ白に変わるのはすぐだった。
分校の校庭も白1色で、子供たちが飛び跳ねている。
廉も、初めて友達と迎える雪に、「わあっ」と顔を輝かせた。
今まで隆也となら、雪玉を投げ合って遊んだことはあったものの、同じ年頃の子供たちとは初めてだ。
手加減してくれる隆也とは違い、みんな真剣で対等で、すごく楽しい。
祖父から送られて来た、真新しい毛糸の手袋を両手にはめ、きゃあきゃあ笑いながら雪玉を投げる。
手袋のない子供たちも勿論いたが、楽しさの前には冷たさなど感じない。みんな、びしょ濡れになるまで遊び回り、大いに雪を楽しんだ。
びしょ濡れになった子供たちを、分校の女教師はキビキビした声で叱った。
「いい加減にしないと、風邪ひくよ」
かつては大人に叱られるのがとても怖かった廉だったが、今ではそれにも少し慣れ、ガチガチに固まることもない。多少ビクリとしてしまうものの、仲間と一緒なら平気だと覚えてきた。
「はーい、ごめんなさい」
みんなと声を合わせ、女教師に一緒にぺこりと頭を下げる。また女教師の方も、本気で怒ってたという訳ではなくて――。
叱るのは、自分たちを思ってのことなのだと、少しずつ肌で感じられるようになっていた。
「分かったなら、風邪ひく前に濡れた服を干しなさい」
女教師の指示に、「はーい」とうなずく。
教室の大きなストーブを廉たちがわあっと囲む中、女教師はみんなが脱いだ濡れた上着を、縄に干して乾かしてくれた。
そうして干された上着や靴が、なんとか着られるまで乾く頃、白一面の分校の前に、黒ずくめの青年が迎えに立つ。
みんなが1人で登下校する中、送り迎えされるのは廉だけなのも相変わらずだ。けれど、廉自身がそれを嬉しく思っているので、迎えを断るハズもない。
また隆也の方も、送り迎えをやめようとは考えてもいないようだった。
「隆也っ」
雪の中をぽすぽすと踏み歩きながら、廉はいつもよりゆっくりと校門に向かった。
その廉を力強い腕に抱き上げて、服が生乾きなのに気付いたらしい。
「濡れたのか?」
形のいい眉を少しひそめて尋ねられ、廉は素直にうなずいた。
「ゆ、雪合戦、みんなとして、濡れた。ストーブ、で、乾かして貰った」
「そうか、よかったな。寒くねーか?」
ふふ、と優しげに笑う隆也に、「平、気」と答えてしがみつく。
ストーブで温められた服からは、じんわりと湯気が立っていた。このままではじきに冷えるだろうけれど、それが分からない隆也でもない。
「じゃあ、さっさと家帰って、風呂行くぞ!」
大股で雪の上を歩きながら、少しずつ足を速めていく隆也。ひと気が無くなった後にはダッと駆け出し、あっと言う間に谷に着く。
野猿のやぐらの屋根の上にも、白い雪は積もっていて、隆也が力強く縄を引く度、どさどさと谷に落ちて行った。
隆也の言う風呂とは、勿論山の奥にある温泉のことだ。
まだ1人ではそこに行けない廉だったが、隆也と2人、体を流し合いながら入る湯は、とても気持ちよくて大好きだ。
少しずつ熱い湯にも慣れ、湯に落とす雪の量も、去年よりは少し減った。
時々湯から上がり、岩に腰掛けて涼んでみたり。周りの雪で遊んでみたり。寒くなれば湯に戻り、隆也に甘えて抱きついてみたり……。廉はいつも存分に、山奥の秘湯を楽しんでいた。
一方の隆也はというと、油断無く周りの気配を伺いながらも、廉を優しく見守っている。
ゆっくりと時間をかけ、のぼせない程度に長湯をする2人。そうして体の芯まで暖まる頃、山は少しずつ夕闇に包まれ、空が鮮やかな茜に染まる。
「10まで数えたら上がろーか」
隆也の穏やかな声に、「うんっ」と廉が嬉しげにうなずく。
「いーち、にーい、さーん、しぃ……」
子供らしい廉の声に、深みのある隆也の声が重なって、夕方の雪山に広がった。
時が止まったかのような、穏やかな山の日々。
それでも少しずつ時は流れ、廉も少しずつ大きくなっていく。そしてそんな少年の成長を、隆也は楽しみに見守るのだった。
悠一郎の家でみんなと一緒に作った小さなしめ縄飾りには、隆也と一緒に山で探した、きれいな緑の松の葉と、真っ赤な南天、そして見事な松ぼっくりが飾られた。
「もっとデカいの作ったら、みかん飾ってもいーな」
そんな隆也の言葉に、「ふおお」と目を輝かせたのは廉だ。
「来年、頑張る!」
無邪気な抱負に「ははっ」と笑い、隆也は廉の頭を撫でた。真っ黒な瞳には、幼くも愛おしい伴侶の姿が映っている。
来年のことを言うと鬼が笑う、というのは、一体誰の言葉だっただろう。
「まだ年も明けてねーのに、もう次の年末の話か?」
笑いながら、両手で高く掲げられ、「きゃあっ」と廉は歓声を上げた。
村人の誰よりも背の高い隆也より、今は廉の方が少し目線が高い。腕に抱かれるのも、背負われるのも好きだが、こうして高く掲げられるのも好きだ。
地面がとても遠くなって、少しだけ怖いけれど、隆也の大きな手の中にいれば、何も心配することはない。
嬉しくて、楽しくて、大好き。
「まったく、可愛いーな」
高い位置で抱き留められ、唇に軽く口接けられれば、ますます嬉しくなって、たくましい首にぎゅっと強くしがみつく。
何が隆也の笑いを誘ったのか、子供の自分には分からない。
ただ廉は、隆也の笑顔が大好きで――それだけで十分満足だった。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!