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Season企画小説
どうでもいい話 (2017水谷誕・原作沿い高1・水谷視点・水→千)
「よお三橋、今日も可愛いな」
 裏グラのフェンスをくぐるなり、阿部が開口一番そう言った。熱でもあるのかってくらい、爽やかな笑顔だ。
 1月4日、新年最初の練習日。声を掛けられた三橋も、振り向くなりパァッと笑みを浮かべて、阿部の元へと駆け寄ってく。
「阿部っ、君っ、明けましておめで、とうっ」
「おー、おめでと。今年もよろしくな」
 笑顔の阿部にわしゃわしゃと髪を撫でられて、「うんっ」と弾んだ声でうなずく三橋。気のせいか、髪と同じ薄茶の尻尾が、ぶんぶん唸ってるようにも見える。
 去年の春や夏には、とても見らんなかった光景だ。
 まあ、バッテリーの仲がいいのはチームとしてはいいことだし、阿部に怯えるより、懐いてる方が三橋にとってもいいんだろう。
 けど何て言うか、どうにも、もろ手を挙げて大歓迎とは思いたくなかった。

 阿部が、「これからは思ってること全部口に出す!」と宣言したのは、去年の12月の初旬だった。
 高校野球界のシーズンオフ、対外試合を封印され、基礎メニュー中心になったばかりの頃だ。ケガ防止のため、ボールに触れることも少なくなり、ブルペン練習もなくなった。
 投球中毒の三橋が、それで不安になるんじゃないか。せっかく分かり合えたのに、また春に逆戻りは怖い――そう思い詰めた阿部が、考えた末に打ち出した方針が、これだ。
 「三橋に誤解をさせないよう、隠しごとを一切しない。思ってることも考えてることも、全部三橋に伝える」……って。
 結果的に見れば、よかったんだと思う。三橋は何も不安に思ってないし、阿部にも前みたいに怯えてない。自分のこと、ダメピだなんて卑屈にもなんないし、いつも笑顔で調子よさそう。
 けどね……明け透け過ぎなのも、ちょっとどうかと思うんだ。

「あっ、髪切っただろ? 2cmくらい? 襟足随分スッキリしたな」
 とか。
「風邪ひかねーうちに着替えちゃいな。お前が風邪ひくと、心配でたまんねぇ」
 とか。
「おっ、相変わらず白い肌だな。もうちょっと筋肉つきゃいーんだけど、お前なら何でもいーや」
 とか。
「くそ可愛いーな、触っていーか? ダメっつっても触るけど。あー、相変わらずすべすべだな、すげー好みだぜ」
 とか。何でもかんでも口に出せばいいってモンじゃないだろう。
 腹や背中を撫で回されて、三橋がうひゃうひゃと笑い声を上げる。

「阿部君、くすぐったい、よっ」
「何言ってんだ、満更でもねーくせに。感じてんだろ?」
 って。そっちこそ何言ってんだって感じだよね?
 そう思ってんのはオレだけじゃないみたい。泉は向こうで「けっ」って悪態ついてるし、花井は胃を押さえてる。キャプテンは今年も不憫だ。

 やれやれとため息つきながらベンチに近寄り、「おはよー」と声を掛けると、そこでようやく阿部と目が合った。
「あ、何だ水谷、いたの?」
 って。さっきからずーっといたよ!
「ひどっ」
 思わず言い返したけど、阿部にはちっとも聞こえてない。
「あーくそ、マジ可愛いなー」
 ニヤーッと笑いながら三橋の方を見つめてて、その他大勢は視界に入らないみたいだ。
「阿部君、三橋君。水谷君も。おはよう」
 野球部の紅一点、マネジの篠岡が挨拶しても、「おー」って生返事するだけで、三橋から目を離さない。
「阿部ぇ……」
 呆れたようにツッコミを入れたけど、篠岡もとうに分かってたみたい。
「相変わらずだねぇ」
 あははー、って力なく笑ってた。

 その篠岡を見て、あれっ、と思ったのは、髪が少し短くなってたからだ。
「篠岡、髪切った?」
 ふと訊くと、篠岡はちょっと顔を赤らめて、「うん」って頭に手をやった。
「け、毛先だけなんだけど」
「ああ、そうなんだぁ」
 髪伸ばしてんのかな、と思いつつ、阿部じゃないんだからと思って黙っておく。短いのも可愛いけど、長いのも似合うよね、って、これも阿部じゃないから口に出したりはしなかった。
 そんな無口なオレに対して、阿部が言い放ったのは、こんな一言だ。

「キモッ」

「はああーっ!? どこが? 阿部に言われたくないよ!?」
 思わず大声を上げると、ふんと鼻で笑われてムカッとする。
「毛先だけって、ほんの数センチだろ? それで散髪に気付くとか、キモいんじゃねーの?」
 って。それも阿部には言われたくない。自分だってさっき、三橋の襟足がどうのとか、2cm切ったとか言ってたじゃん!?
 口をぽかんと開けたまま睨んでると、阿部が「ああ」って分かったみたいにうなずいた。
「そーか、お前篠岡に気があんのか。まあ、篠岡って胸も色気も何もねーけど、元気はあるよな」

 その暴言を聞いて、ちょっとー、と思ったのは当然のことだろう。
 確かにオレは篠岡に気があるし、いつも見てるから散髪に気付いたってことでもあるし、キモいって言われても仕方ないかも知れないけど、女の子にそれはないでしょー!?
 思ったこと全部口にするったって、言っていいことと悪いことの区別くらいつけようよ。
「な、何言ってんの!? ちょっ……、はああ!?」
 大声を上げて詰め寄るオレを、しっしと手を払ってあしらう阿部。
 篠岡は「あははー……」って力なく笑ってるし、三橋はキョドってるし、花井は向こうで「こらー」って言いながら胃を押さえてる。
「ああ心配すんな三橋。お前の場合、胸はねーけど色気はあるから。オレはお前だけだぜ」
 オレも篠岡も完全無視して、三橋だけを見つめる阿部に、何て文句言うべきか、立ち尽くしたまま途方に暮れる。

 さすがに三橋はオレらの方を気にしてるっぽいけど、阿部の操縦までは無理らしい。
「し、し、篠岡さん、は、小っちゃい、よっ」
 気ィ遣ってんのはいーけど、イマイチフォローになってないから、それ。
「あははー……」
 篠岡がまた力なく笑った。
 けど、何てフォローしようかと思った瞬間、オレの顔を見て、篠岡は「あっ」と目を見開いた。
「そういえば水谷君、今日誕生日だね」
 それは、明らかに話題を変えただけって感じだったけど、正直に言うとドキッとした。
「う、うん。よく知ってるね〜」
「マネジだからだよ。おめでとう!」
 にっこり笑ってくれる篠岡に、胸の奥がほっこりする。

「うわ、くそどうでもいー」
 阿部が向こうから憎まれ口をたたいてきたけど、幸せの方が大きくて、あんまムカッとはしなかった。
「篠岡、妥協はよくねーぞ」
「うるさいよ!」
「ちなみにオレは、三橋の育成に妥協しねぇ」
「聞いてないよ!」
 阿部のセリフにわぁわぁとツッコみ、軽くこぶしを振り上げる。三橋の背中を軽く押し、阿部が笑いながら去っていく。
 まったく、何でもかんでも口に出せばいいってモンじゃないと思う。秘密を作らないとかそういうことより、まずはデリカシーを身につけて欲しいよね。
「こらー、阿部ーっ!」
 花井が渋い顔のまま、阿部と三橋を追いかける。
 3人で始まった追いかけっこは、田島や泉を巻き込んで、あっという間に大騒ぎになった。

「何やってんだろーね」
 はあ、とため息をつきながら、真横の篠岡をちらっと見る。
 くそどうでもいい、とか言われた誕生日だったけど――。
「あははは、みんな仲いいね」
 オレだけに聞こえる声で、篠岡が明るく笑ってくれたから、それだけでまあいいかと思った。

   (終)

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