Season企画小説 焦燥の部屋・3 何か月ぶりかの住み慣れた街は、どこも変わってねぇようなのに、何でかよそよそしく感じた。 迎えがねーからだと、歩きながら気付いた。 『阿部君、おかえりなさい』 と……荷物を奪い取るように持ってくれる、柔らかな笑顔がねーからだ。 けど、オレだってあいつが名古屋に来る時、迎えに行かなかったし文句は言えねぇ。 三橋が一人で迷わず来れるっていうなら、その間に掃除やなんかを済ませられるし、効率的だ。名古屋駅からマンションまで、往復1時間。もったいねーじゃねーか。 三橋だって、「迎えに来て」とは言わなかったし。 それとも、オレから「行ってやろうか」って、たまには言ってやれば良かったか? でもまあ、どうせ、「いいよ、一人で行けるよ」って、遠慮するに決まってるか。 付き合って10年目。 もう、何をどう言えば、あいつがどう返すか、口にしなくても分かる。 燃え上がるような恋情も、衝動的な劣情も、一緒にいたって、もう何も感じねぇ。 ぬるま湯のような関係だ。 その事に……離れてみて、気付いた。 嫌いになった訳じゃねぇし、別れたいとか、そういうんじゃねーけど……別に、「今」一緒にいなくたって良くねーかって、そんな感じ。 ずっと一緒にいたし、これからもずっと一緒なんだから。「今」は、あっちの同僚との時間、大事にさせてくんねーか? だって、こっちに戻っちまったら、もう会えなくなるんだぜ? こんなに楽しくわいわいやれてんのに。1年じゃ足んねーよ、そうじゃねぇ? 今日だって――ホントは誘われてた。 三橋が電話1本さえ返してくれりゃ、交通費使って何時間もかけて、戻るつもりなんてなかったんだ。「別に、元気だよ」って、言ってくれれば。 心配だから来てんだぞ、分かってんのかよ、あいつ? 仲間との大事な時間、お前のために削ってんだぞって、春からもう何度思ったか知れねー。 エントランスも廊下も共有だから、カノジョとも紹介できねー「トモダチの三橋」が何度も目撃されると不自然だし。そうすっと、皆でどっか遠出しようって日を見計らって、「来ていいぞ」って呼ぶしかできねーだろ。 なんで阿部は遠出に付き合わねーんだ、って、不思議そうに訊かれた身にもなれっての。 三橋のためだろ。三橋のために、皆との遠出、キャンセルしてんのに。 これ以上、どうしろって? 会えて嬉しいって、抱き締めろってか? ……別に、嬉しくねーわけじゃねーけどさ。 でも、一緒にいたって、似たような会話しかしねーし、抱いたって、似たような反応しか返さねーし。 大体あいつ、セックスは文字通り受け身だし。 寝っ転がって股開いて、あんあん言ってるだけじゃねーか。そりゃ楽でいーよな。動くのも汗かくのも、考えんのも、全部オレだっつの。 そんで、この前。 自分でやってみろ、って言ったら、あいつは……。 「くそっ」 罵って、顔をしかめる。 覚えてる。あれも9月だった。三橋と最後に過ごした夜。後味の悪いセックス。 指輪を外したのは、アレの前か、後か? オレが気が進まねーつってんのに、「えっちしたい」とかねだっておいて。そんで、乗っかって腰振ってたくせに、指輪外すとか、矛盾しねー? 歩き始めて10分前後、2人で暮らしてたマンションが、道の先に見えて来た。 大学時代からずっと暮らしてた2LDK。 エントランスも自動ドアもない、ぽっかり無防備に開いた入口を抜けて、部屋を目指す。 『鉢合わせ……』 チャイムを鳴らす直前、同僚に言われた言葉が、今更のようによみがえった。呪いかっつの。有り得ねーし。 いやいや、と首を振って、少しへこんだボタンを押す。 ピーンポーン。 きっとドアが開くと予想して、緊張しながらカメラの前に立つ。 けど、数秒待っても、応答すらなかった。 留守か? 居留守か? オレは一つため息をついて、この部屋の鍵を取り出した。 数か月ぶりに使う鍵。 名古屋に出向してしばらくは、毎月2回は帰ってた。ここに。あの頃は、三橋と離れてんのに慣れなくて、あいつに縋るように会ってたっけ。 今思えば、随分勿体ねーコトしたと思う。交通費とか。 あれがなかったら、もっと……まともなスーツでも買えたのに。 ドアを開けたら、ふわっと異質な匂いがした。 ぞっとして横を見ると、造り付けの靴箱の上に芳香剤が置かれてる。 柑橘系のさっぱりした匂い。 震える手で芳香剤を手に取ると、中身は半分くらい減っていた。 一気に喉がカラカラになった。 何だ、コレ? 別に、キライな匂いじゃねー。キライな匂いじゃねーけど、何だコレ!? オレの知ってる三橋は、玄関のこんなとこに、こんなモノ、置いたりする奴じゃねーだろ!? 見慣れたはずの玄関に、見慣れねー芳香剤。見慣れねー靴。見慣れねー玄関マット。 ここどこだ? 部屋、間違ったか? 使ったばかりの鍵を、握り締める。 「三橋……?」 オレは居心地悪く靴を脱ぎ、玄関マットの上に立った。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |