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Season企画小説
リスタート・6
 沈黙が気まずい。けど、それ以上に三橋の顔を見んのが気まずくて、目の前のデカいツリーを見上げる。
 全体的な印象はさすがに昔とは違うけど、無数の金のボールが飾られてんのには見覚えがあって、なんとなく懐かしい。相変わらず、硬球と同じくらいの大きさだ。
 高3の時みてーに、期待と緊張とにドキドキしたりはもうしねぇ。
 オレん中にあんのは、執着と色褪せかけた愛おしさ。
 くんっとコートの袖を引かれんのが、鬱陶しいと同時に愛おしい。いい加減離せよなって思うけど、離されたらきっと、寂しく思うんだろう。
「オレ、ごめん。自信なく、て、怖かった。あの時……」
 三橋がぽつりと謝った。
「自信なかった、から、『待ってて』って言えなかった」
「自信……?」
 それは多分初耳だった。いきなりの謝罪に面食らい、三橋の顔を凝視する。

 自信がねぇからって、なんで「待ってて」って言えなかったのか、何が怖かったのか、意味が分かんねぇ。
 もしホントに自信がねーなら……むしろ、恋人に縋ろうとするもんじゃねーの? 怖いから、自信がねーから、ひとりで立とうとした? なんで?
 三橋は相変わらず意味不明で、相変わらず言葉の選び方が下手くそだ。
「ま、待っててくれるだろう、って、期待するのも、怖かった」
 とつとつと語られる本音。
「なんだ、そりゃ……」
 はっ、と鼻で笑いつつ、考える。昔から意味不明だった三橋の、言葉の裏にある感情を想像する。
 ウソつきで、すぐバレるようなウソばっかつくけど、こういう肝心なトコでウソつくようなヤツじゃねぇ。

 何て続けりゃいーのか分かんねぇ。言い訳なんか聞きたくねぇって思う反面、全部聞いてモヤモヤを晴らしてぇって思いもあって、判断に迷う。
「待っててって言われりゃ待つよ。そう言っただろ?」
 ぼそりと訊くと、三橋はぶるんと首を大きく振った。
「い、言ってない、よ。阿部君、『待てない』って言った」
「そう長く待てねぇっつったんだよ。つまり、早く帰って来いってことだろ?」
「は……や、く?」
 デカい目を見開き、意外そうに訊き返されて、ちょっと焦る。
 言外の激励が伝わってなかったのもショックだけど、それならそれで、なんで「待ってくれないの?」って文句言ってくんなかったのか、それもまたショックだ。
 その反面、自分の言い方が悪かったのかなって、後悔もあった。
 三橋に「待たなくていい」って言われた時、もっと食い下がって……いっそ胸倉引っ掴んで、「なんだと、てめぇ」ぐらい言ってやりゃあよかったんだろうか。
 そしたら今、こんなビミョーな気分でツリーの前に立つこともなかったんかな?

「ロンドンに行くっつって譲らなかったお前は、自信と希望に満ちてるように見えてたよ。眩しかった」
 目の前に立つ三橋を、じっと見つめる。
 三橋はぶんぶんと首を振って、オレの言葉を否定した。
「眩しくなんか、ない、よ。自信だって、今もない。う、うまくやれてるか分かんない、し、勉強の成果、出せるかどうかも分かん、ない。けど……」
 口ごもる三橋の手は、いつの間にかオレのコートの袖から離れてた。
『自信つけ、たい』
 3年前に言われた言葉は、今も心に残ってる。
 あの時、前しか見てねぇように感じた三橋は、もしかしたら、前しか見ねぇようにしてたんだろうか?
 奈落を見下ろす吊り橋を渡るときのように、真っ暗な足元から目を逸らし、前だけ見て進むしかなかったんかな?
「オレ、ね。ひとりで頑張って、阿部君にふさわしくなりたか、った、んだ。あ、あの頃、オレには、阿部君の方が眩しかった、よ」

「何言ってんだ」
 ははっ、と笑い飛ばすと、「ホントだ」って縋るように言われた。冗談じゃねぇ、お世辞でもねぇ、って。
「阿部君、は、縁故じゃなく、て、実力、で、大手の一般企業に就職、して。バリバリ働いてる、のに……オレは結局、じーちゃんの学校に就職するしかなくて。と、東京校の話は大分前にあった、のに、準備期間が長く、て。オレ、やれることないのかな、って。ずっと悩んでた」
 そんなことは初耳で、一瞬返す言葉を失う。
 確かにオレは三橋と違い、オヤジの会社には入んなかった。同じ業界ですらねぇ。けどそれは、やりてぇ仕事がそっち方面じゃなかったからで、自立とか実力を見せるとか、そういうんじゃなかった。
 悩んでたことなんか、全く気付かなかった。今更知っても遅い。
 言ってくれたら、相談くらい乗れたのに。けど、それももう、今更遅い。ただ、出会ってすぐの頃――コイツに自信持たせてやりてぇって、色々考えて苦労したのを思い出した。

「……お前は頑張ってるよ」
 ぼそりと告げて、三橋の右手をぎゅっと握る。
 その指に刻まれてた、努力の証はもうあんま残ってねーけど……あの時、たったひとりで頑張ってたコイツが、今も努力してねぇハズがねぇ。
「お前がさっき空港で、ジョアンナだっけ、ジェシーだっけ、あの金髪女とさ」
「ジェシカ、だよ」
 こそりと入るツッコミに、ふっと笑う。
「そー、ジェシカな。そいつとさ、ぺらぺら英語で喋ってんの見りゃ、頑張ってんの分かる。すげー格好良くて、嫉妬した」
 オレの率直な称賛に、三橋は黙ったままうつむいた。
 あの時、空港でオレが感じた情動を、どう言い表せばいいんだろう? 悔しくて、羨ましくて、妬ましくて、寂しくて……でも、やっぱ好きだと思った。
 見てらんねぇって思うのは、目が離せねぇって気持ちの裏返しだ。

「自信、持てよ。側にいらんねーけど、見ててやるから」

 もう目を逸らすのは、やめにしよう。
 自分に言い聞かせるように、キッパリと告げて、目の前のふわふわ頭をポンと撫でる。
 三橋は、すんっと鼻を軽くすすり、「うん」とうなずいて顔を上げた。

(続く)

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