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Season企画小説
リスタート・5
 追い立てられるように車から降ろされた後、4人で建物の中に入った。
 建物全体の構造は変わってねぇけど、テナントは色々入れ替わったみてーで、見覚えがあるような無いような、変な感じだ。
「じゃあオレ、ちょっと見て回って来るから!」
 田島が一方的にそう言って、たたっと通路を駆けて行く。その素早さは相変わらずで、引き留める暇もない。
「あ、おい!」
 とっさに呼びかけたけど、それで田島が戻ってくるハズもねぇ。「待ってよぉ」と水谷が追いかけてったけど、とても追いつけるとは思えなかった。
 フットワークが軽いって言やぁ聞こえはいいけど、あれは単なる鉄砲玉だ。
 後には三橋とオレとがぽつんと残されて、どうすんだ、って途方に暮れる。これでもし、金髪美女の件が誤解じゃなかったら、さっさと放置してシャトルバスで帰ってるとこだ。
 都内まで何時間かかるか分かんねーけど、気まずい数十分を過ごすよりイイ。ちっ、と舌打ちして、吹き抜けになってるエントランスを見上げる。
 そんな中、先に口を開いたのは三橋からだった。

「ここ、久し振り、だね」
 ためらうような口調、おずおずとした態度に距離を感じて、ちくっと胸が小さく痛む。
「ああ……」
「つ、ツリー、まだあるの、かな?」
「さーな」
 ツリーと言われて思い出すのは、高3のクリスマス、2人で見上げたデカいツリーだ。
 吹き抜けの天井にまで届くんじゃねーかってくらい高さがあって、赤と緑のリボンと金色のボールでキラキラとキレイだった。
 投手をしてた三橋は特に金のボールが気に入って、「硬球くらいの大きさだ」つってはしゃいでた。
「……行ってみるか?」
 ぽつりと誘うと、三橋は「いいの?」って弾けるように顔を上げた。なんでそんな、意外そうに言われんのか意味がワカンネー。
 眉を下げてふわっと笑われて、ドキッとする。笑ってんのに寂しそうに見えて、モヤモヤが募った。

 付き合ってた間、いや、付き合う前からも、三橋の笑顔は何回も見た。
 引きつった笑い、ムカつく薄笑い、下手くそな作り笑い……。その内、無防備な笑みを見せられるようになって、それと同時に好きだって気持ちが大きくなった。
『阿部君』
 オレを見上げ、嬉しそうに笑ってた様子を思い出す。
 もう10年前になるんかな? ここで告白した時も、三橋は嬉しそうに頬を染めて笑ってた。
 大事にしてたつもりだった。ケンカしたことは皆無じゃねーけど、そのつど謝り合って、仲直りしてた。うまくいってると思ってた。
 あんな、寂しそうな笑みなんて見たことなかった。
 それともオレが気付かなかっただけで――三橋はひそかに、オレに失望してたんだろうか? 「待たなくていい」って言われるくらい?

 三橋と並んで、ゆっくりと広い通路を歩き出す。
 クリスマス3連休の初日、時刻はちょうど夕メシ時で、羽田程じゃねーけど人出も多い。
 クリスマスセールの文字があっちこっちに見えるから、それ目当ての客も多そうだ。今ではそう珍しくねぇ、巨大ツリー目当てのヤツなんか、そうはいねーだろうなと思った。
 曖昧な記憶を頼りに、道なりに通路を進む。しばらく歩くと見覚えのあるホールに出て、見覚えのあるデカいツリーがホールの真ん中に突っ立ってた。
 ぴたりと足を止めた三橋に気付き、振り返る。
 三橋は無防備に口を開けてツリーを見上げ、それからきゅっと眉を下げた。
 なんでそんな顔すんのか、何を考えてんのか、ちっとも分かんなくてモヤッとする。
 あの時と同じ場所で、同じ2人で、同じツリーを見上げてんのに。どうして笑い合えねーんだろう。
 なんで三橋は――。

「なんでお前あん時、待たなくていいなんて言ったんだよ?」

 思ったことがぽろっと口からこぼれて、しまった、と思った。
 フラれたからって、責めるようなダセェ真似はしたくねぇ。フッた理由を問い詰めるとか、恨み言言ったりとかだって、したくなかったのに。
「いや、ワリー。忘れてくれ」
 口元を片手で覆い、ガラにもなくうろたえる。
 訊かなくても分かってたハズだ。オレは過去を見て、三橋は未来を見た。恋より仕事、キャリアを取ったのはオレも一緒で、「ついて行く」って言えなかった時点で同罪だろう。
「阿部君……」
 オレを呼ぶ声がほんの少し震えてて、すげー気まずい。
「いーよ、もう。終わったことだ、何も言うな」
 キッパリと告げて、三橋から顔を背ける。

 3年も前に終わったことだ。今更何言ったって、失くしたモノは取り戻せねぇ。そう分かってんのに……。
「でも、オレ」
 縋るようにコートの袖を引かれて、それを振り払うことができなかった。

『でも、オレ、行きたいんだ』
 3年前の夏、腕を引かれてそう言われたのを思い出す。自信つけたい、って。
『資格取って、胸を張って、堂々と仕事、したい』
 「行くな」って何度言ってもダメだった。互いの主張は平行線のままで、珍しい三橋の強情に、オレの方が降参した。
 取りたいっつった資格の意味さえ、業界の違うオレには分かんねぇ。
 思い出すたび苦々しくて、やるせない気分に襲われた3年間。新しい恋になんて目を向ける余裕もなくて、ずっと囚われっぱなしだった。
 アイツは今頃未来を見て、オレの知らねぇ街で知らねぇヤツらに囲まれて、新生活を送ってんに違いねぇ。だったらオレだって、前に進むべきだ――って、分かってたけどできなかった。
 コートの袖を掴む手に、ぎゅっと胸が苦しくなる。
 いい加減、放せよな。オレを自由にしてくれ。いっそ大声で怒鳴って突き放せられたらスッキリすんのに、それができねぇオレは、まだきっと過去に囚われたままなんだろう。

「待っててくれって、言って欲しかったんだよ。お前に必要とされたかった」
 ぼそりと本音を呟いて、くそっと思う。「ごめん」ってうろたえながら謝られて、それもまた不本意だった。
 本人に愚痴をこぼしたって仕方ねぇ。謝って欲しい訳でもなかった。

(続く)

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