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Season企画小説
リスタート・3
 人間は許容以上のショックを受けたとき、無意識にそれを和らげようと、笑うことがあるらしい。
「はっ……」
 短く笑い声を上げながら、昔何かで読んだ、そんな話を思い出した。
「そういうことか」
 一瞬三橋と目が合った気がしたけど、構わずくるっと背を向ける。「待たなくていい」って言われた意味を、3年越しに理解した。
 三橋は未来を見て、オレは過去を見てた。どうしてもロンドンに行くんだって、キッパリ言い放ったあの時、まっすぐ前を見る姿に、それは分かってたハズだった。
 きっとこんな再会になるだろうって、アイツは3年前にもう、分かってたんだろうか?
「帰る」
 水谷と田島に聞こえるように呟いて、引き留められる前に歩き出す。
 モノレール乗り場ってどこだっけ? いや、電車の方が速ぇかな? 3階に比べりゃ、こじんまりとしたフロア。どっちの乗り場への案内表示も簡単に見つかって、考えが足に追いつかねぇ。

 けど、田島の速さの方が、相変わらず上だったみてーだ。
「逃げんなよ、もうー」
 いつの間にか前に回り込まれ、呆れたような顔で立ち塞がられた。
 逃げるって何だ。つーか、邪魔される意味がワカンネー。連れて来られた意味もワカンネー。夕方まで寝てるつもりだったのに。
 ムカッとして睨むオレの耳に、間もなく懐かしい声が響く。
「You should go on a limousine bus to Omiya, and my uncle will wait you there」
「Why don't you go with me, Ren?」
「Uh……」
 会話の内容より、三橋がぺらっぺら英語喋ってること自体が、何つーかショックだ。
 いや、会話の内容もショックだ。大宮? バス? 伯父が待ってるって? もう家族ぐるみの付き合いかよ?

 ざあっと音を立てて、顔から血の気が引いていく。ぎゅうっと胸が痛ぇ気がすんのは、まだ吹っ切れてなかったせいか。ダセェ。
 震えるオレの横を通り過ぎながら、三橋が田島に声を掛ける。
「うおっ、あのっ、ちょっと、待って」
「おー、早く戻れよ」
 対する田島は、オレを帰す気がねぇらしい。呑気に返事しながらも、オレの腕をガシッと掴んで離さねぇ。
「三橋ィ、荷物持っててやるよ」
 水谷の差し出した手に、引きずってたキャリーバッグをわたわたと預ける三橋。
「Well……」
 金髪美女に声を掛け、リムジンバス乗り場へとエスカレーターを降りて行く。ちらっとこっちを振り向く様子にムカついて、オレはさっと目を逸らした。

 荷物をこっちに預けたってことは、後で合流するんだろうか? 女をひとりバスに乗せて? 何食わぬ顔でオレの前に立ち、「お待たせ」とでも言うつもりか?
「放せって」
 低い声で言い放ち、田島の手を振り払う。けど、そこで素直に「どうぞ」なんて言われるハズもねぇ。
「落ち着けって。怒んなよ」
 宥めるような田島の口調が、余計に癇に障る。
「怒ってねーよ」
「怒ってんじゃん」
 言い争うオレらの横を、デカい荷物引きずった旅行者が次々に通り過ぎていく。
 フロアの端で「きゃあっ」と沸く歓声。「お帰り」の言葉。誰かに迎えられ、笑いながら去ってく異邦人。なんでオレらは、そんな風にできなかったんだろう?
 なんで三橋は――。
 ちっ、と舌打ちして、頭に浮かんだ考えを追い出す。
 金髪美女を伴ってなくたって、笑顔で「久し振り」なんて迎えてやれた気がしなかった。

 三橋は意外にも、それからすぐに戻ってきた。
「彼女、もういいの?」
 のんびりした水谷の声に、「う、うん」と三橋が歯切れ悪くうなずく。その様子は相変わらずで、さっきの英語ペラペラだったのがウソみてーだ。
「大宮行きのバス、来てた、から」
 水谷に説明しながら、ちらっちらオレを気にしてる、その挙動不審ぶりも相変わらずだ。
 やましいことがあるときの癖だって、6年半付き合ってたオレには分かってて、それにもまたグサッとくる。声を掛けるタイミングも失って、どうすりゃいいのかワカンネー。

 黙ってると、田島にぐいっと腕を引かれた。
「いつまでもダベッてっと邪魔だし、駐車場行こーぜ」
「ええっ、ツリーはぁ?」
 水谷がちらっと文句を言ったけど、田島にそんなつもりはねぇらしい。
 オレだって、もうとっくにそんな気分じゃねぇ。ツリーもイルミネーションも三橋ももうどうでもいーから、早く家に帰りたかった。
 けど、そんな都合よく、あっさり帰しては貰えなかった。
 三橋のデカいキャリーバッグを車のトランクに放り込み、田島がオレらを車に乗せる。
 運転席に田島、助手席に水谷が素早く乗れば、後は後部座席に並んで座るしかねぇ。
「……奥行けよ」
 運転席の後ろに座るよう促すと、三橋はまた「う、うん」って歯切れ悪くうなずいて、もそもそと車に乗り込んだ。

「シートベルト、プリーズ」
 思いっきり日本語訛りで、田島が浮かれた声を上げた。
 「おおー」と同じく陽気に応じる、三橋の姿が頭に浮かぶ。高校時代に見慣れたやり取り。けど三橋は何も言わず、こわばった顔のまま、シートベルトをカチンと締めた。
 3年ぶりに会う三橋は、明らかに前とは印象が違ってて、別人みてーで気持ち悪ぃ。
 左側の窓の方に視線を移し、腹立ちまぎれに目の前のシートの背中を蹴りつける。
「ちょっ、阿部ぇ!」
 水谷が文句を言い、田島がケラケラ笑った。
「シートが汚れんだろ」
「ええっ、そんな問題!?」
 わぁわぁ騒がしい前の2人の笑い声が、狭い空間を満たしてる。

 相変わらずのようで、何かがビミョーに違ってる。そんな些細な居心地悪さが、今はすげー気になった。

(続く)

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あきゅろす。
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