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Season企画小説
リスタート・1 (2016クリスマス・社会人・別れた後の再会)
 三橋がロンドンから帰国するって話を聞いたのは、年末恒例の飲み会でのことだった。
 もう何度目かになる、西浦高校硬式野球部の同期会。
「へぇ〜、久し振りだねぇ」
「3年ぶりだっけ。いつ帰るって?」
「クリスマス前後らしーぞ」
 のんびりと交わされる会話を耳にして、じりっと胸が焦げる。
 こんな時、三橋の情報に一番詳しいのは親友だった田島で、それは何年経っても変わんねぇみてーで悔しかった。
「阿部は何も聞いてねーの?」
 ふいに話を向けられて、ドキッとする。
 見透かしたような田島の目線にひくっと眉根を寄せながら、オレは無理矢理感情を殺して「別に」と短く言い捨てた。

 野球部のみんながみんな知ってた訳じゃねーと思うが、オレと三橋は付き合ってたことがある。
 高3のクリスマスから、24歳、3年前の8月の終わりまで。6年と4ヶ月っつー付き合いは、長かったようで、あっという間だった気もする。
 破局の原因は、勿論三橋のロンドン行きだ。
 群馬のじーさんが経営する三星学園、その東京校設立にあたり、向こうの大学で経営学を学ぶんだとか。
 なんでロンドンなのか、なんで三橋が行く必要があんのか……そういう議論は、さんざんやった。結局はじーさん始め、学園側の意向が強かったみてーで、覆すことはできなかった。
 もしかして、オレらの仲を知って引き裂こうとしてんじゃねーか。そんな疑心暗鬼にも囚われた。
 「行くな」つったけど、三橋は首を振った。どうしても行きてぇ、って。
「オレ、自信、つけたい、んだ。資格取って、胸を張って、堂々と仕事、したい」
 そう言われれば、反対する言葉も浮かばねぇ。
 顔を上げて背を伸ばし、しっかり前を見据えて言い切った三橋に、もう説得は無理だろうなって、それだけは分かった。

 ついて行くとは言えなかった。社会人3年目、そろそろ仕事が面白くなってきた時期で、辞めるなんて考えらんなかった。ロンドンに行きてぇ訳でもなかった。
 三橋にだって、仕事辞めろとは言えなかった。縁故だろうと一族経営だろうと、誇り持って仕事してんのは分かってた。
 恋よりもキャリアを取りたい。それはオレも三橋も、きっと一緒だったんだろう。
「……そう何年も待てねーぞ」
 だから早く帰って来い。言外に滲ませた激励を、躱されたのもショックだった。「待たなくていいよ」って。
「な、何年かかるか分かんない、し、待たなくて、いい」
 顔を背けて告げられた言葉に、ガーンとなった。
 あまりにショックだったから、正直、何て返したかは覚えてねぇ。ただ、そこで全部が終わったことだけは確かだった。
 いつ出発すんのかのメールは来たけど、乗る飛行機の時刻までは書いてなくて、結局何も知らされねぇままだ。平日だったこともあって、見送りにも行けなかった。
 行ったら惨めに引き留めそうな気もしたし、三橋が喜ぶとも思えなかった。
 何より、自分をフッてロンドンに行っちまう恋人を、有給取って見送るなんてプライドが許さなかった。

 田島はあの日、見送りに行ったんだろうか? 他の連中は?
 酒のグラスを傾けながら、楽しそうに話してる田島らの方をちらっと見る。
 本格的な帰国なのか、それとも一時帰国なのか、それなら一体いつまでいんのか、連中の話からは伺えねぇ。
「初詣くらい、一緒に行きたいねぇ〜」
 水谷の緩い言葉を耳にして、胸の奥にモヤモヤが募った。それを酒で飲み下し、店員を呼びつけてお代わりを頼む。
 三橋って名前にいちいち反応しちまうのも、いい加減終わりにしてぇなと思った。


 オレにとって幸いだったのは、それが年末だったってことだろう。年末調整や得意先への挨拶回り、忘年会にオフィスの年末大掃除……。やることが目の前に山積みで、仕事関係だけで忙殺された。
 ひとり暮らしのマンションに帰るだけでクタクタで、シャワーを浴びて寝るだけの日々。恋人もなけりゃクリスマスにも予定はなくて、日付の感覚も忘れてた。
 特にキツかったのは、22日の年末大掃除だ。
 若手で男で体育会系だっつったら、力仕事は免れねぇ。「フロアの電球、全部換えて」とか「このコピー機、あっち動かすの手伝って」とか、いいように使われた。
「ここのダンボール、全部地下の資料庫に持ってって」
 ぎっしりと書類の入った段ボールの山を指差され、軽く言われた時は目眩もした。資料庫に行ったら行ったで、他の資料の積み直しまで手伝わされて、散々だ。
 これが終わったら三連休――それだけを頼りに、ガムシャラに働いた木曜日。その翌日は、心行くまで寝倒そうと思ってた。
 それができなかったのは、突然の電話で起こされたからだ。

『よお、阿部。オレオレ』
 耳に響く能天気な声に、「あー?」と低い声で返す。
 誰だっけ、と寝ぼけた頭で考えてるオレに、電話の主は『寝てた? ワリーワリー』と、ちっとも悪ぃなんて思ってなさそうな声で謝った。
 会社からの電話かと思って、確認しねーで出ちまったことを後悔した。田島だ。
「……何?」
 目ェ閉じたまま、思いっきり不機嫌な声で問いかける。
 これすりゃ大体、後輩や同期、たまに先輩なんかも「なんでもねぇ」つって放置してくれたもんだが、残念ながら田島には通用しねーみてーだ。
『クリスマスだぞ、出て来いよ。今から迎えに行くから、ドライブしよーぜ!』
 一方的に告げられて、一方的に通話を切られる。反論の余地もなく、寝直す暇も、逃げる時間もなかった。
 ピーンポーン。ケータイを握りしめたままのオレの部屋に、インターホンが鳴り響く。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンピンピンピンピンポーン。

 そこまでされりゃ、さすがに無視する訳にもいかねぇ。
「うるせーぞ田島!」
 怒鳴りながらガッとドアを開けたら、目の前にいたのはなんでか水谷だったけど、ささいな誤差は気にしねぇ。腹立ちまぎれにボカッと殴り、再び部屋のドアを閉める。
「ひどっ!」
 ドア越しに水谷の苦情を聞きながら、オレの方も悪態をついた。
「くそっ」
 パジャマ代わりのシャツを脱ぎ捨て、ベッドの上に放り投げる。
 田島の顔も水谷の顔も、三橋の顔も見たくねぇ。ただ、ひとりで悶々と過ごすよりは、確かにマシかも知んなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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