Season企画小説 モーニングコーヒー・6 (終・R15) コーヒーの匂いで目が覚めた。 ああ、阿部君のコーヒーだ。夢うつつにそう思い、好きだなぁって気持ちに浸る。 「三橋?」 ふふっと笑う気配と共に、響きのいい声で名前を呼ばれ、そこでようやくハッとした。 「阿部君っ!?」 掠れた声を上げて起き上がり、けほけほと咳をする。 あれ、風邪ひいた? 一瞬そう思ったけど、「叫びっぱなしだったもんな」って言われて、掠れ声の理由を教えられる。 同時に夜のあれこれを思い出し、ぼんっと顔から炎が出た。 「体、辛くねぇ?」 気遣うような問いにうなずきながら、そろそろと頭に毛布を被る。恥ずかしくて照れくさくて、とても顔を見せらんない。 えっちの後っていうのも恥ずかしいし、最中のこととか、その後のこととか、色々思い出すのも恥ずかしい。夜の間は薄暗かった部屋が、朝日で明るいのも恥ずかしい。 思い出したように疼き出す、某処の余韻も恥ずかしかった。 2回戦は途中から後ろ向きに変わった。 変な顔見られないのはホッとしたけど、1回目よりももっと容赦なく揺さぶられて、シーツを掻きながら喘ぎまくった。 四つ這いになってたのが衝撃で崩されて、お尻だけ突き出したはしたない格好で、ガンガンに攻められた。 「気持ちイイ」って、何度も言ったような気がする。 シャンパンと阿部君とえっちとに酔って、頭がふわふわの真っ白だった。思い出そうとしてもあちこち記憶が曖昧で、どんだけ痴態を晒したかも分かんない。 その後は浴室に連れて行かれて、中までキレイに洗われて……キレイになったところでそのまま抱かれて、終わってから更に洗われた。 「うお、オレ……」 思い出せば思い出すほど、どんどん顔が熱くなる。オレ、変じゃなかったかな? 幻滅されてない? 毛布を被ってぐるぐる考えてると、毛布越しにぽんと頭を叩かれた。 「何隠れてんの」 そんな声と共に、毛布をバッと引き剥がされる。 「ふあっ!」 短く情けない悲鳴を上げると、またけふんけふんと咳が出た。そしたら分かってたみたいなタイミングで、目の前にコップが差し出された。 「まず飲め」 促されるまま口をつけると、水なのにほんのりレモンの香りがする。冷たくて美味しい。阿部君の喫茶店で出る、お冷やと一緒、だ。 嬉しくなってごくごく飲むと、案外ノドが渇いてたみたい。コップはあっという間に空になった。 お代わりは、って訊かれたけど、首を振って礼を言う。 「あり、がと」 コップを返すと、阿部君がまた機嫌良さそうに笑った。 「いいって」 くくっとノドを鳴らしながら、ふわっと頭を撫でられてドキッとする。 「体、辛くねぇ? 起きれるか?」 うん、とうなずきながら毛布から出て、今更ながら全裸なのに気付いた。カーッと赤面しながら「服……」って呟くと、新品のシャツと下着を渡される。 「そこのコンビニで買ってきた。サイズ合うかな?」 「うえ? ごめっ」 焦って謝ると、「いーから」って軽く手を振られた。 「昨日、プレゼントすげーいっぱい貰っちまったし。こんくらいはしねーとな」 って。 「い、っぱい……?」 オレが買ったの、ケーキとシャンパンだったけど――と思って首をかしげると、ふっと視界に影が差して、整った顔が寄せられた。 「一番は、お前」 耳元でこそりと囁かれ、頬にちゅっとキスされる。奇声を上げて仰け反ると、くくっと楽しそうに笑われた。 「服着たら、出て来いよ。美味いコーヒー飲ませっからさ」 そう言われれば、「うん」って素直にうなずくしかない。豆をローストしてたのか、部屋に漂うコーヒーの薫りは、確かに濃厚で美味しそう、だ。 ベッドルームから出てく阿部君を見送った後、ビニル包装をパリパリと開け、新品の下着とシャツを取り出す。 彼が選んでくれたのは、どっちもシンプルな黒の無地で、何だか阿部君らしいなと思った。 ベッドルームから顔を出すと、昨日案内されたソファじゃなくて、ダイニングの方に手招きされた。 コーヒーの濃い薫りに刺激され、くーっと空っぽの腹が鳴る。 「簡単なモンしかねーけど、どーぞ」 テーブルに2枚並んだプレートには、トーストとスクランブルエッグとホウレンソウのソテーが、喫茶店みたいに並んでる。 「すごい……お店みたい……」 思った通りを口にすると、「まあな」ってふふっと笑われる。 こっちの部屋も、夜とはまるで違って明るくて、なんだか随分印象が違った。テーブルの横には窓があって、そこから外の様子が見える。 「あ……」 窓を覗くと、すぐ近くにコンビニが見えた。そこで下着買ってくれたの、かな? そう思って更に覗くと、コンビニの向こうに建築中のマンションが見える。 ――来春完成、入居者募集―― そんな垂れ幕が見えて、ドキッとした。 「三橋?」 阿部君に声を掛けられて、バッと振り向く。 「あ、あのマンショ、ン……!」 指差すと、阿部君はわざわざこっちに回り込み、一緒に窓を覗いてくれた。オレの視線の先を見て、「ああ……」って納得したようにうなずいてる。 「そういや、新居探してんだっけ。けどあそこ、1人で住むには多分でけーぞ」 「そう、なんだ……」 曖昧に返事しながらも、マンションから目が離せない。1人で住むにはデカいって……どんくらいだろう? 4LDKとか、5LDK? 埼玉の実家よりもデカい、かな? ぼうっと考えると、横から腕を回されて、ぐっと肩を抱き寄せられた。 「モデルルーム、一緒に行くか?」 「行く」 反射的にうなずいてから、えっ、と思った。 「よし、決まりな。メシ食おーぜ」 オレの肩から手を放し、阿部君がテーブルに戻ってく。 一緒にモデルルームって、単純に付き添い? それとも? 阿部君は少しも動揺してなくて、考え過ぎかなって思うけど、どうなんだろう? 分かんない。 カーッと赤面しながら固まってると、「冷めるぞ」って言われて、ギクシャクとイスに腰掛ける。 目の前にコトンとコーヒーが置かれ、深い薫りがオレを誘った。1口飲むと胸の中まで熱くなって、コーヒーの匂いに満たされる。 「どう?」って訊かれても、「美味しい」としか答えようがない。 黒シャツにジーンズっていうラフな格好の阿部君は、朝日の中でも格好良くて。こんな阿部君を毎日見たいな……って、思うと同時に、胸の奥が甘く痺れた。 (終) ※極上コーヒーに続く。 [*前へ][次へ#] [戻る] |