Season企画小説 モーニングコーヒー・2 阿部君ちにお邪魔する日は、11日の夜になった。その日は日曜で、定休日だからゆっくり準備できるって。 「実はさ、誕生日なんだ」 そう言われてドキッとした。誕生日なんて特別な日に会えるなんて、特別扱いされてるみたいですごく嬉しい。 「じゃ、じゃあオレ、ケーキ用意、する!」 思わず力んで立ち上がると、阿部君にふはっと笑われた。 「ああ、楽しみにしてる」 優しい笑みを向けられて、カーッと頬が熱くなる。 阿部君の前で赤面するの、これで今日何回目だろう? 恥ずかしくなってぽふんとソファに座り直したところで、他のお客さんが来ちゃったけど……コーヒーのお代わりを持って来てくれた時、「後でメールする」ってこそっと言われた。 その日から11日まで、そわそわと過ごした。 勿論、毎日のトレーニングは欠かさなかったし、球団主催の野球教室もこなした。テレビでクイズ番組の収録もあったし、ネットで不動産情報も探し始めた。 けど、ふとした瞬間に、阿部君のことが頭をよぎる。 今までそんなことなかったのに、阿部君に会いたくてたまんない。 会いたい、顔が見たい、声が聞きたい。けど、あんま頻繁にお店に行くのも変に思えて、逆に意識して行けなくなった。 メールだって、どんくらいなら迷惑じゃないんだろうって、加減が分かんなくて迷う。 我ながら、浮かれてるなぁと思った。 用意したケーキは、都内の有名店の、ブランデーの効いたチョコケーキ。 前にファンの人に貰って、スゴく美味しかったからそれにしたんだけど、気に入って貰えたらいいなと思う。 2人用の小さなケーキで、「誕生日用に」って頼んだら、ホワイトチョコの小さなプレートを付けてくれた。 ケーキだけじゃ淋しい気がして、シャンパンも1本用意したけど、阿部君は翌日仕事だし。プレゼントするだけになっちゃう、かな? ――店の前で待ってる―― 阿部君からのメールに「今行く」って答えて、いそいそと寮を出る。 冬の夜の街明かりの中、初めて見る私服姿の阿部君は、想像以上に格好良かった。 ラフなセーターにコットンパンツで、上からジャケット羽織ってるだけなのに、何だかスゴく格好イイ。 いつものベストに蝶ネクタイもイイけど、私服もイイな。隣を歩きながらそう言うと、「お前もな」って笑われた。 「ユニフォームやジャージもイイけど、今みてーな格好もイイぜ」 って。 普通のコートに普段着だけど、そう言えばお店に行くのはロードのついでで、いつもジャージだったかも。 「ファンだって言ったろ? 三橋選手のプライベートな時間を貰えて、特別みてーで嬉しいよ」 ニヤッと笑いながら顔を覗き込まれ、カーッと顔が熱くなる。リップサービスだって思うけど、そんな風に言って貰えて嬉しかった。 「それ、酒?」 しばらく歩いた後、阿部君がオレの抱える包みを見て訊いてきた。 「う、ん、シャンパン。阿部君、あ、明日仕事なのに、どうかとも思ったんだ、けど……」 持つよ、と手を差し出され、ゴニョゴニョ言い訳しながらシャンパンを渡す。阿部君は、「嬉しーよ」って言いながら受け取ってくれた。 「お前は明日、何かあんの?」 逆に訊かれて、「ない」って首を横に振る。 土日は野球教室や触れ合いイベントなんかもあるけど、月曜日はオフが多い。 「自主トレ、するくらい」 そう言うと、阿部君は「良かった」ってニッコリ笑った。 「なら、ゆっくりしてけよ。乾杯しよーぜ」 「う、ん。ありがと」 はにかみながらうなずいて、赤面してくのを自覚する。 自分が用意したお酒だけど、乾杯しようって言われて嬉しかった。 喫茶店から15分くらい歩いたところに、阿部君の住むマンションはあった。 5階建ての賃貸で、2LDKだって。 暗いのと緊張とで、外観や周りの様子なんかは分かんなかったけど、エレベーターは静かでキレイだった。 「どうぞ。散らかってっけど」 「お、邪魔しま、す」 促されるまま1歩入ると、ふわっとコーヒーの薫りに包まれる。 「こ、コーヒー……」 思わず呟くと、「ああ」って優しい笑みを向けられた。 「お前に美味いの飲ませようと思って、ローストしてた」 そんな言葉が嬉しくて、にへっと頬が緩んだ。 阿部君のコーヒーはいつも美味しいけど、それよりもっと美味しいコーヒーって、どんなんだろう? リビングに通されて、お店のと似たような革張りソファに、ぼすんと座る。 間接照明っていうのかな? 壁沿いのライトは天井に向けられて、明る過ぎず、部屋を優しく照らしてる。 阿部君は「散らかってる」って言ったけど、とんでもない。スッキリ片付いた、ホテルみたいな居心地良さそうな部屋だった。 深い薫りのコーヒーが、目の前のテーブルにそっと置かれる。 「お、誕生日おめで、とう」 同じテーブルに置いたケーキ箱をそっと開けると、コーヒーの薫りに混じってチョコとブランデーがほんのり香った。 「へぇ、美味そうだな」 間近でぼそりと呟かれ、不意討ちにぶわっと毛が逆立つ。 「う、ん。美味しい、よっ」 照れ隠し半分に力強くうなずくと、ふふっと穏やかな笑みと共に、小皿とフォークがテーブルに置かれた。 阿部君がケーキを半分に切る様子を、ドキドキしながらじっと見守る。 オレの視線に応えるように、阿部君がちらっと顔を上げた。目が合った瞬間ふっと微笑まれ、心臓がドクンと跳ね上がった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |