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Season企画小説
冷たい両手を温めるものは (2016泉誕)
 高校生になったって誕生日は嬉しい。誕プレも嬉しい。欲しい物を自由に選ばせてくれるのは、もっと嬉しい。
 少なくとも、親が勝手に選んだ名作文学のハードカバーを、ドーンとプレゼントされるより余程いい。
 けど、明らかに貰い物っぽいデパート商品券を、裸で「はい」って渡してくんのは、あまりに情緒に欠けてんじゃねーだろうか。
「いいじゃないの。友達と一緒に何か買ってきなさいよ」
 お袋はカラカラ笑って、オレの苦情を軽くかわした。
「どうせ今、野球部もそう遅くまで練習してないでしょ? 学校の帰りに、大宮でも寄りなさいよ」
 絶対面倒だっただけだろうと思ったけど、誰かと寄り道して買い物すんのも、言われてみれば悪くねぇ。
 田島か三橋か浜田か……その辺の奴等を誘って、わいわい楽しむのもいいよなと思った。

「今日さ、練習後に買い物付き合ってくんねぇ?」
 登校後の教室で声をかけると、田島も三橋も「いいよ」と即答してくれた。
「何買うんだ?」
 田島の問いに、「マフラーかな」と答える。
 40何年かぶりだっつー大寒波から数日、ようやくいつもの気温に戻っては来たけど、あの雪の日の寒さはハンパなかった。
「あー、最近寒ぃよなぁ」
「さ、寒い」
 こくこくうなずく三橋を見て、ふと思い出したのは三橋の手の冷たさだ。時々指の先が真っ赤になってて、色が白いだけに余計に目立つ。
 阿部にうるさく言われ、血行良くするハンドクリームとか塗ってるらしくて、アカギレとかにはなってねーけど痛々しい。
「三橋も手袋買えば?」
 と、つい口出ししちまったのは、仕方のねぇことだった。

 けど意外にも、三橋の答えはNOだった。
「オレ、いらない」
 ふるふる首を振って、両手を背中に隠してる。
「あ、もしかして持ってんのか?」
 田島がそう訊くと、「う、うん」ってうなずいてはいるけど、明らかにウソっぽい。
 手袋したくねぇ理由でもあんのかな? まあ、阿部じゃあるまいし、あんま口うるさく言うつもりはねーけどさ。
「持ってんなら、ちゃんと使えよ」
 ふわふわの猫毛頭をわしわし撫でてやると、三橋はホッとしたように「うん」と笑ってうなずいた。

 練習後、さっそく3人で大宮に向かった。
 まだ6時だっつーのに真っ暗で、11月も終わりだなぁと思う。
 秋大の頃から走って登下校するようになった三橋は、今日も自転車なしのランニングだ。
 エナメルバッグをオレの荷台に置いてやり、三橋に合わせて並走する。
 自主的に走り込みすんのは結構だけど、やっぱ手が寒そうだよなと気になった。

 デパートの中は暖かかった。クリスマスに向けてキラキラになってる電飾を眺めた後、マフラー売り場を探して歩く。
 カバンやコートも安売りしてて、田島や三橋とあれこれ批評しながら冷やかしてくのは、思った以上に楽しかった。
 マフラーは、ワゴンセールになってんのもあった。
 セール品だけに、「これ」っつーモンはなかったけど、確かに安い。
「2、3本買えるんじゃねぇ?」
「んなマフラー何本もいらねーっつの」
「ニ、ニット帽も、ある」
「花井じゃねーんだから」
 3人で軽口交わしてゲラゲラ笑う。そんな感じで売り場を歩き、ようやく気に入るのを見付けた時には、もう7時を回ってた。

 選んだのは、黒地にグレーの縦ストライプが入ったフリースマフラー。ストライプの幅が変則的で、パッと見た瞬間気に入った。
 ワゴン品じゃねーから予算ギリギリだったけど、いい買い物できてよかった。
「どっかで軽く食ってかねぇ?」
 時計と財布と腹具合とに相談しながら、2人にそう持ちかけた時だ。三橋のケータイがムームーと鳴った。
 ビクッとしながらケータイを取り出した三橋は、画面をタップしてメールをチェックし、顔をじわーっと赤らめてる。
「誰?」
 その問いに応えはなかった。
「オ、オレ、帰る」
 そう言うなり、三橋はタタッと駆け出して……エスカレーターの手前でくるっと振り返り、ぶんぶんとオレに手を振った。

「誕生日、おめで、とうっ!」

「おー……」
 つられて思わず応じたものの、何が何だか分かんねぇ。
「何なんだ?」
 ぼそっとぼやくと、隣で田島がぼそっと言った。
「お迎えだろ」
「お迎え?」
 帰りも走って帰るだろう三橋のために、オバサンがボルボで迎えに来たんだろうか? まだ7時だけど、こんな早ぇ日もあんのか? それにしちゃ田島の表情がビミョー過ぎて、妙に気になる。
「……何だよ?」
 もっかい訊くと、「見りゃ分かる」って。

 田島に促されるまま1階に降りると、キラキラの電飾の前に三橋がいて、あっと思った。
 その横に阿部がいて、また更に、ああっと思う。お迎えの意味も、田島のビミョーな顔の意味も分かった。
 三橋の冷たい両手を握り、はぁーっと息を吐きかけて温めてやってる阿部は、周りの視線なんて何も気にしてねーんだろう。更にその手を自分の頬に押し当てて……。
「何だ、あれ?」
 見たことねぇくらい優しい顔した阿部を見て、うぐっと息が詰まる。
「アイツらって……?」
 オレの問いに田島は、黙ったままビミョーな顔でオレを見た。
 訊くな、って言われてるっぽいのが、何となく分かった。
 赤い顔で上目遣いに阿部を見詰める三橋が、手袋を頑なに拒否してた理由も分かった。

 阿部が温めてくれるからいらねーのか、阿部に温めて欲しいからいらねーのか、その辺のことは分かんねぇ。
 ただ何となく、2人の様子はそれ以上見てらんなくて――。
「……帰るか」
「……そーだな」
 オレと田島はビミョーな顔でうなずき合い、生暖かいデパートを後にした。買ったばっかのマフラーを巻き、心地好く寒い夜に白い息を吐く。
 こんな日は、さっさと家に帰ろうと思った。

   (終)

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