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Season企画小説
鍋の誘い・後編
 三橋が戻って来たのは、オレがすっかり練習着に着替えちまった後だった。
 少し浮かれたみてーに笑ってて、機嫌よさそうにしててムカッとした。
「遅かったな」
 ぼそっと嫌味を言ってやると、ビクッと体をこわばらせ、一瞬で笑みを消す。けど、謝るつもりはねぇらしい。
「いつもは、オレの方が、早い」
 オレに背中を向けたまま、固い声で言い返してきて、そんな態度にもムカついた。
 オレの顔色伺って、ビクビクしてた三橋はもういねぇ。
 それはバッテリー組む上では歓迎すべきだし、対等なのはいいことだと思うのに、心ん中では納得できそうになかった。

 三橋と一緒にいたヤツらは、練習が始まってもグラウンドの側をうろうろしてた。
「三橋くーん」
 女どもが数人で声を合わせて三橋を呼ぶ。
 それにへらっと笑いながら手を振る三橋にもムカついたし、「きゃあ」って喜ぶ女どもにもムカついた。
「練習、頑張ってー」
「う、うん。ありが、とう」
 オレの前とはまるで違う、三橋の弾んだ声が響く。
「鍋、行こうね」
 って。そんな誘い文句に、ちくっと胸が痛んだ。

 女とイチャイチャしてんじゃねーよ。ノドまで文句が出掛かったけど、先にカノジョ作ったオレに、三橋を責める権利はねぇ。
 初めての恋愛に浮かれて、三橋をないがしろにしたのはオレだ。
 呆然とする三橋に「お前も頑張れ」とか、ハッパかけたのもオレだった。
 三橋だって、オレばっか誘わねーでカノジョ作ればいいのに、って……あん時は本気で思ってた。
 ちゃんと考えてなかった。見てなかった。理解してなかった。三橋が、オレにとって必要不可欠な存在だってこと、知ってたつもりで忘れてた。
 オレの方を全く見ねぇ、決然とした背中をじっと眺める。
「アイツら、誰?」
 短く訊くと、ちらっと視線を向けられたけど、その顔に笑みはなかった。

『なんか、寂しい、な』
 三橋がぽろっとこぼした言葉が、今更のように胸を刺す。
 今、オレが感じてんのは、これは「寂しさ」か? オレの知らねぇ連中と、三橋が楽しそうにしてるから? そこにオレがいねぇから?
 嫌だ、なんて言う資格はねぇのに、嫌で嫌でたまんねぇ。
 胸を満たしてたムカつきが、寂しさに似たモノに変わってく。
「阿部君、には、関係ない」
 こわばった顔、こわばった声で、三橋から投げつけられる拒絶。
「あ、阿部君が、『頑張れ』って言うからっ。が、頑張ってる、んだ。ほっ、他の人、誘った方がいいんだ、ろ?」
 声が震えたと思ったのは、一瞬。
 三橋は目の前ですーはーと深呼吸を繰り返し、薄い唇をへの字に結んだ。

 じとっと睨まれて、ドキッとする。
 そんな顔しねーで欲しい。笑顔が見てぇ。笑って欲しい。緩んだ顔で笑うのも、食い意地張ってんのも、なんでも美味そうに食う様子も、全部オレの前だけで見せて欲しい。
 独占欲が湧き起こる。
 誰にも、どんな女にも渡したくねぇ。
 カノジョなんか作らねーで欲しい。オレ以外のヤツと、仲良く鍋なんかつつかねぇで欲しい。
 いつもどこか雑然とした、三橋のアパートを思い出す。
 いつものラグの上、いつものローテーブルに並べられた山盛りのメシを、これから三橋は一体誰と食うんだろう?

 ……嫌だ。
 あの部屋に呼ばれて、2人っきりで三橋の手料理を食べるのは、オレだけにして欲しい。今までもこれからも、ずっとオレだけにして欲しい。
 その独占欲の理由に、気付かねぇフリはできそうになかった。

 練習の後、決意を込めてカノジョのケータイに電話を掛けた。
『もしもし、阿部君? どうかした』
 カノジョの声を聞いて、罪悪感に1つため息をつく。
『……来る気になった?』
 静かな問いは、オレの答えを最初から分かってるみてーな声だった。
「いや、ワリーけど……」
『そっか……』
 沈んだ声。電話の向こうで、小さく抑えた嗚咽が響く。けど、だったら余計に会うべきじゃねぇと思った。
「好きなヤツがいるって、気付いたんだ。ずっと側に居んのが当たり前で、どんだけ大事か気付かなかった」
『……それは、間抜けだね』

 電話越しの、最後の会話。
 頭のいいカノジョとの、言葉遊びにも似たやり取り。
 カノジョと過ごした時間は、決して悪いモノじゃなかったし、実際に楽しかったけど――でも、違った。
 違う。違うんだ。
 オレが他愛もねぇ会話を交わしてぇのは、カノジョじゃなくて三橋だった。
 一緒にメシ食うのも、顔を見合わせて笑うのも、休日を過ごすのも。三橋とじゃねぇと意味がねぇ。
 三橋にとっても、そうであって欲しい。
 オレ以外の大事なヤツ、作んねーで欲しい。

――話がある――
 短いメールを送りつけたけど、返信は相変わらずなかった。
 けど、だからって諦めるなんて選択肢はねぇ。向こうが無視すんなら、無視できなくなるまで追い詰めるだけだ。
「おはよ、三橋」
 翌朝、三橋のアパートの前で待ち伏せして声を掛けると、三橋はまたビクッと全身をこわばらせ、ふいっと顔を横に逸らした。
 オレの方をちらっとも見ねぇ、その意地の張り方にグサッと来た。
「メール見た?」
 オレの問いに、三橋がぶんっと首を振る。丸分かりのウソも痛くて、こっちを見ろって気分になる。

「カノジョと別れた」

 唐突に口に出したのは、三橋の意表を突きたかったからだ。
 オレの方を見て欲しい。オレの話を聞いて欲しい。オレの気持ちを分かって欲しい。
 我ながら、自分勝手なことばっか考えてんな。
「な……んで?」
 期待通りのビックリ顔で、目と口をぽかんと開け、三橋がデカい目でオレを見た。
 色気のねぇ変顔。けど、それがどうしようもなく愛おしいんだから仕方ねぇ。自覚した時にはとうに末期で、自分じゃもうどうしようもなかった。
 ふっと自嘲しながら、目の前の男に1歩近付く。
「ホントに好きで、大事なのは、お前だって気付いたからかな」

 ぽかんとしてた白い顔が、一瞬で真っ赤に染まる。デカいツリ目がうるうる潤んで、眉が下がり、口元が緩んだ。
 ――ヤベェ、泣く。
 そう思った瞬間、愛おしさが爆発して、たまらず腕を伸ばし抱き締める。
「なあ、好きだ」
 告白する声が、我ながら震えた。
 腕の中で、すんっと鼻をすする音が聞こえる。
 わななく肩は予想外に華奢で、その細さとはかなさが胸を打った。
「……お前は?」
 三橋からの返事はない。けど、抱き締めても突き放されず、抵抗もされなかったから、今はそれで十分だと思った。

   (終)

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