Season企画小説
鍋の誘い・中編
三橋を見つけらんねーまま、昼休みが終わった。三橋からの返信もなくて、くそっ、と思う。
午後からは実習だ。
さっき振り払ったこと考えると、カノジョに会うのがメンドクセーなって思ったけど、幸い、今は別の班分けだ。他人の前で、例の誘いをぶり返されることもねーだろう。
白衣を羽織って、実習室の1つに向かう。
午後の講義に向かう学生で、がやがやと騒がしく混雑する校舎。立ち話する学生たちのカタマリをよけながら、足早に廊下を歩いてると――。
「三橋くーん」
そんな声が聞こえて、ハッとした。
足を止めて目を向けると、数人の男女のカタマリん中に三橋がいる。何に照れてんのか、白い顔を赤く染めて、頬を緩めて笑ってる。
「ねぇ、今日、放課後時間ある?」
「お、オレ、部活」
甘い声での女の問いに、つっかえながら答える三橋。
「部活って何? 野球部だっけ?」
「うん」
そんな他愛もねぇ会話を、立ち止まったまま呆然と聞く。
誰だ、あれ? 実習の仲間? いや、文系に学生実習なんかあったっけ?
三橋の交友関係なんか、今まで気にしたこともなくて。野球部以外のヤツと親しく話してんのを見んのも、そういや初めてのことだった。
キーンコーン、と予鈴が鳴るのを聞いて、気持ちを切り替え、実習に向かう。
カノジョの視線を感じたけど、笑顔で応じてやる気分にはなんなくて、ただ黙々と実験を続けた。
手際よく実習を終えると、同じくカノジョも手際よく終わらせたらしい。後片付けを済ませ、実習結果をノートに書いてると、そっと声を掛けられた。
「阿部君」
「……なに?」
ノートから顔を上げずに返事をすると、手首をぎゅっと握られる。
「なんだよ?」
顔を上げると、目が合った。
ふてくされたような顔されて、メンドクセーな、とちょっと思う。
「怒ってる?」
って。別に怒ってねーっつの。
黙ってると、また「ねぇ」って呼ばれた。
「土鍋もコンロも買ってくる。キムチも買ってくるから、鍋、しよう?」
それは多分、カノジョの最大限の譲歩だったんだろう。けど、そうじゃねーんだ、って思っちまった。
カノジョと鍋が食いたかった訳じゃねぇ。
鍋がイヤだって言われたことに、こだわってた訳でもなかった。ただ、違うんだ。
オレを見つめる、揺れがちの瞳。下がり眉に、デカいツリ目。よだれ垂らしそうな緩んだ顔で、鍋を語る三橋を思い出す。
同時に、オレの知らねぇヤツらに囲まれ、楽しそうにしてた姿を思い出して、じりっと胸が焦げた。
「ワリーけど、また今度にしてくれよ。今ちょっと、それどころじゃねぇ」
カノジョをキッパリと振り払い、ノートの書き込みを終わらせる。
カノジョはふてくされた顔で、横に立ったままオレを見てた。
「……じゃあ、後でまたメールする」
筆記用具を片付けながらそう言うと、カノジョはふてくされたような顔のまま、「うん」と短くうなずいた。
女の相手すんのって、面倒だなってしみじみ思う。
三橋なら硬球1個持たせるか、美味いモン持たせるかすりゃ、簡単に笑顔に変わんのに。
イライラする。
胸の奥がじりじり焦げて、呑気に歩いていられねぇ。
時計を見ると、午後4時だ。三橋はもう、部室か? もう練習着に着替え、基礎練をひとりでやってんだろうか?
白衣を羽織ったまま廊下を駆け、大急ぎで野球部の部室に向かう。
早く三橋の顔を見て、ちゃんと話して、それから安心したかった。
一体何をどうすりゃ安心できんのか、その辺はちょっと分かんなかったけど、とにかく三橋の顔を見ねーと落ち着かねぇ。
校舎を出て中庭を突っ切り、キャンパス内の並木の脇をすり抜ける。
ようやくクラブハウスが見えてきて、ホッとして足を緩めると、そのハウスの入り口付近に人がいっぱい集まってた。
「……三橋」
その人だかりの中に、見慣れたふわふわ頭があんのを見て、ドキッとした。
走るのをやめ、大股で近寄ると、カラオケがどうのって聞こえて来る。
「1次会はメシ食おうぜ。2次会はカラオケで、その後は……」
場を仕切ってる風な男の声。
「ねー、三橋君は何が食べたい?」
三橋の隣に立ってる女が、甘えた声で三橋に訊く。
「お、オレ、鍋、かな」
「いいねー」
ドッと笑い声が上がって、じりっと胸が焦げた。
『鳥肉と、白菜、とねっ』
緩んだ顔で鍋を語る三橋。それをこっちから振り払っといて、今更手ぇ伸ばすのはズルいのかも。
けど、独占欲が湧きあがって、どうしようもなかった。
「三橋っ!」
思わず大声を上げて、人だかりの中にずいっと割り込む。
阿部君……って、ぽつりと三橋がオレの名を呼んだ。それに構わず手首を掴み、三橋を輪の外に引きずり出す。
「ふわっ、あっ」
色気のねぇ悲鳴。けど、それに構っていられねぇ。
「もう練習始まんぞ」
冷たく言い放ち、手首を掴んだまま、強引にクラブハウスの中に連れ込む。
「まっ、待って!」
三橋にしては強い口調。掴んだ手をバッと振り払われて、ちょっとショックだ。
「鍋ならオレと食え」
ズバッと言うと、三橋はビクッと肩を跳ねさせ、それからぽかんと口を開けてオレを見た。
白い顔がみるみるうちに赤くなり、眉が下がる。デカい目がうるうると潤んで、ヤベェ、泣く、と思った。
「な……んで?」
短く問う声は、ちょっと震えてたと思う。
けど、それも一瞬で。
「あっ、阿部君、は、カノジョさんと食べればいい、だろっ! おっ、オレはっ、お、オレ、も……っ」
言葉を詰まらせた三橋が、オレを拒絶するみてーに背中を向けた。
「オレだって、カノジョ欲しい、し」
ぼそりと告げる声は、別人みてーに低くて、鋭い。
再びクラブハウスを出て、さっきの輪の中に戻ってく三橋を、オレは呆然と見送るしかできなかった。
(続く)
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