Season企画小説 変身コウモリ・前編 (大学生×吸血鬼・2016ハロウィン) バイト先のコンビニで黒の折り畳み傘を拾ったのは、ハロウィンの夜のことだった。 夕方からのバイトを終え、駐輪場に向かおうとした直後、駐車場の真ん中にバサッと広がって落ちてんのを見つけちまった。 「誰だよ、こんなとこにゴミ捨てたのは」 ちっ、と舌打ちしながら車止めをまたぎ、その傘に近付く。 大きさから見て多分、折り畳み式のコウモリ傘だろう。ぼろぼろで、安物っぽくて、ゴミだとしか思えなかった。忘れ物でも落し物でもねぇ、不用品。 コンビニはゴミ捨て場じゃねぇっつの。「家庭ゴミはご遠慮ください」って張り紙しても、入り口横のゴミ箱には、不法投棄が耐えねぇ。 いや、ゴミ箱にゴミを突っ込むくらいならまだマシか。この間なんか、酔っ払いがゴミ箱ん中に小便してくれちまって、大変だった。 客からは「臭い」って苦情くるし、店長はパニックになってるし。結局、パニックになりつつもどうにかしたみてーだけど、その後タマシイ抜けてたっけ。 それと比べりゃ、ボロい傘1つ捨ててあるくらい、許容すべきなのかも知んねぇ。 傘って、埋め立てゴミだっけ? 「汚ぇな……」 文句を言いながら手を伸ばし、親指と人差し指とでコウモリ傘をつまみ上げる。 チキッ。 ゴミだと思ったコウモリ傘から、突然音がしたのはその時だった。 パサッと弱々しく傘が広がり、不覚にも「うわっ」と悲鳴を上げて放り捨てる。 駐車場のコンクリの上に落ちたボロ傘は、激突の拍子にまたチキッと鳴いて、弱々しくうごめいた。 コウモリ傘じゃねぇ、コウモリだ――って、思い至るまで数秒。 「え……はあっ!?」 慌てて拾い上げ、じっくりと眺め回す。 生コウモリなんて初めて見た。世界中のどこにでもいるっつー割に、普段見かけねーもんな。 翼はデカいけど体は小さくて、当たり前だけど温かい。哺乳類だなぁと思った。 「どうすんだ、これ?」 ぼそりと呟きながら、ぐるぐるとひっくり返す。 コウモリの翼は羽じゃなくて、飛膜でできてる。引っ張るとびよんと伸びて、なかなか興味深ぇ。 骨が折れてるって訳でもねーし、なんで地面に落ちてたんかな? 気にはなったけど、さすがに夜9時には動物病院も開いてねーだろう。風呂にでも入れて、一晩様子を見てやるか。 ……ネットで動物図鑑、見れるかな? 少々楽しみにしつつ、拾ったコウモリを自転車の前かごに突っ込んで、独り暮らしのアパートに向かった。 コンビニから自転車で3分、大学の側にある3階建てのアパートが、オレのすみかだ。 さっそく部屋に入り、ユニットバスの洗面台にちょっとぬるめの湯を張った。 ざぶんと浸けると、チチチッとコウモリが鳴いたけど、ちょっとやそっとで溺れるハズもねーし。ノミやダニがいても困るから、容赦なく洗わせて貰うことにした。 「大人しくしろって」 言い聞かせながら、ボロッちい翼を広げてこする。 これが指で、これが腕か? なるほど指を広げると、翼もばさっと広がんだな。哺乳類ってことは、へそもあんのか? そんなことを考えながら、腹の辺りをまさぐると――。 ヂヂキッ。 コウモリが生意気にもじたばた暴れて、かぷっとオレの手に咬み付いた。 「痛っ!」 とっさに手を離し、洗面台から上体を引く。 ヤベェと思ったのは、狂犬病ウィルスのことがパッと頭に浮かんだからだ。コウモリとかアライグマとか、感染源で有名だもんな。 狂犬病は、発症したらまず助かんねぇヤバい病気。野犬とかに咬まれたらどうすんだっけ? 傷口洗って救急車だっけ? 少々パニックになりながら、必死に対処法を思い出してると、ボンッ! 突然目の前で、黒い煙が立ち上った。 ドキッとして目を向けて、その場で全身がフリーズする。 コウモリを洗ってたハズの洗面台には、2、3歳くらいの幼児がいて、手足をじたじた振り回してた。 「……はあ?」 思わず声を上げたのは、無理もねぇことだろう。 意味がワカンネー。 えっ、さっきのコウモリは? 咬まれた焦りも全部消え、じたじた暴れる幼児に「おい」と声を掛ける。途端にピタッと暴れんのをやめ、幼児がオレをじっと見た。 薄茶色の髪に白い肌、デカい目も薄茶色してて、あんま日本人ぽくはねぇ。 傘かと思ったらコウモリで、コウモリかと思ったら人間だった? そんなバカな話があるハズねーのに、目の前の現実が証明してて、どうしていいか分かんなかった。 ぱさり、と幼児の背中からコウモリの黒い翼が広がる。 真っ裸の幼児の腹には、ちゃんとへそがあって、哺乳類だなぁと思った。 抱き上げると足をじたじた動かしたけど、「暴れんな」つって低い声で忠告すると、ピタッと再び動きが止まる。 どうやら言葉は通じるらしい。 ちっこいちんこがくっついてっから、男児だ。 バスタオルにくるみ、部屋に戻ってラグの上に下ろしてやると、幼児はぺたんと座り込んだ。 「……お前、何?」 ドカッとあぐらをかいて目の前に座り込み、バスタオルにくるまる幼児を見下ろす。幼児はきょどきょどと視線をあちこちに動かし、ぎゅっとタオルのすそを掴んだ。 ぎゅううー、と幼児の腹から盛大な音が鳴り響く。 ぐうーっ、きゅるるーっ、ぐきゅう。 2、3歳の幼児にそんな音を立てさせたまま、尋問を続けるほどオレも鬼じゃねぇ。ちっ、と舌打ちして、立ち上がる。 こんくらいのガキって、何食うんだ? 歯ぁ生えてんのか? 「取り敢えず、牛乳でいーか?」 ぬるめにチンして、砂糖でも入れてやるか。そう思いながら冷蔵庫に目をやると、幼児が「ちっ!」と声を上げた。 「ちっ、くだしゃい」 「ち?」 訊き返しながら、頭の中で「ち」=「血」なのかと変換する。 ぽかんとひし形に開いた、締りのねぇ口元から2本の牙が覗いてて、あっと思った。 コウモリに咬まれた右手を見ると、そこには2本のちっこい穴がぷつっと開いてて、これか、と悟る。 大きさは全く違ってたけど、これがその牙の痕なんだと、本能で分かった。 「レン、ちっ、のみたい」 「レン?」 訊き返すと、うなずかれる。どうやら幼児の名前らしい。 ぺたんと座り込んだレンが、バスタオルのスソからちっこい両手をオレに伸ばした。 抱っこをせがむような姿に、引き寄せられるまま抱き上げる。 左腕でしっかり抱えると、レンは更にオレの首に両手を伸ばして――。 かぷり。 濡れた唇を感じた瞬間、ちくっと首筋に痛みを感じて、咬まれたなと分かった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |