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Season企画小説
神主さんに愛される秘訣・後編
 閉館後の業務をいつも通り終わらせて、職場を出たのは午後7時半だった。
 夏になり、だいぶ日も長くなってきたけど、さすがにもう薄暗い。ちょうど日暮れ時だったみてーで、西の空がオレンジと黒に染まってた。
 街路灯がぽつぽつ点く中、神社までの道を急ぐ。
 お参りを済ませた帰りなんだろう。浴衣や甚平を着てる親子連れと何組もすれ違って、気が逸った。
 早歩きが小走りになり、小走りが駆け足になる。
 間に合わなくてもいいじゃねーかと思う反面、早く早くと気持ちが焦った。
 湿度ある空気が、肺の中を満たしていく。
 ライトアップされた石造りの鳥居が、夕闇の中に現れる。
 祭囃子も何も聞こえねぇ、静かな祭り。けど、鳥居の向こうはたくさんの提灯で照らされて、ほの明るくきれいだった。

 縁日みてーな出店のテントは、たこ焼きとわたあめとヨーヨー釣りの3つだけ。それぞれにパラパラと客が来てるけど、やっぱ縁日ほどの賑やかさはねぇ。
 手水を済ませて楼門をくぐると、石畳の両側に、何本ものデカい笹飾りが立てられてんのに気が付いた。
 ライトアップされた笹飾りは、色とりどりですげーキレイだ。短冊だけじゃなくて、金や銀の飾り物が、キラキラと光ってる。
 夕風がそよそよ吹いて笹を揺らし、笹飾りも一緒に揺れる。
 ああ、祭りだな、と思った。
 笹飾りの奥にはもう1つ真っ白なテントがあって、中に巫女さんが立ってる。七夕のお守りや絵馬、破魔矢なんかを売ってるらしい。
 短冊は無料みてーだ。「ご自由にお書きください」ってペンと一緒に置かれてて、横にある長テーブルで願い事を書けるようになってた。

「ごくろうさまです」
 巫女さんに目礼され、曖昧にうなずく。
 ポケットから昨日貰った短冊を出し、長テーブルに近付きかけて、思い直してもっぺんしまう。願い事するより、先にお参りだろう。
 それに、短冊に何を書くかとも考えてなかった。
 考えて見りゃ、短冊なんか書くの、小学校以来かも。確か小学校の時は、当時所属してたリトルリーグで、早くレギュラー取りてぇとか、そんなことを書いた気がする。
 拝殿の前には、もうほとんど人がいなかった。
 白い狩衣に水色っぽい袴を着た神主が、榊を持ってスタンバイしてる。
 財布から100円玉を出しながら拝殿に近付くと、横に立ってた神主に「あっ」と言われた。
 振り向くと三橋で、「あっ」とオレも口に出す。

 今日は烏帽子じゃなくて、冠かぶってアゴに紐で着けてっけど、やっぱイマイチ似合ってねぇ。
「よっ、ようこそお参り、くださいまし、た」
 ぺこりと頭を下げられても、何て答えていいか分かんねぇ。「おー」と軽く流しつつ、100円玉を賽銭箱に放り投げ、シャンシャンと鈴を鳴らして柏手を2回。
――コイツと仲良くなれますように――
 思いつくまま神に祈って、深々と頭を下げる。
 真横で三橋にぱっさぱっさと榊を振られたけど、煩悩までは祓われなかった。

「短冊、書い、た?」
 小首をかしげて尋ねられ、「いや、これから」つって、ポケットから短冊を出す。
 さっきの長テーブルに向かって歩き出すと、三橋も一緒について来た。
 いいのかよ、と思ったけど、拝殿前には参拝者もいねぇ。境内の中には人もまばらで、明るいのにちょっと寂しい。
 祭りももう終わりみてーだ。
 しんと静かな境内に、ライトアップされた笹が、さわさわ揺れてる音が響く。
「今日は、白なんだな」
 狩衣の肩をポンと叩くと、「う、うん」とうなずかれる。
 よく見ると、白い中にも白と銀で刺繍がしてあって、提灯の明かりを受けてキラキラとキレイだ。
 やっぱどう見ても衣装に着られてる感じは消えねーけど――白い着物に赤い袴の巫女さんより、白い狩衣姿の三橋の方が、数段色っぽくてキレイに思えた。

「神主さんらってさ、1つ1つの短冊って見るの?」
 長テーブルの上に置いてあった、フエルトペンのキャップを外し、すぐ側に立つ三橋をちらりと見る。
 三橋はぶんぶんと首を振って、「読まない、よー」と否定した。
「でも、1つ残らず成就するようにって、心を込めてお祈りする、よ」
 1つ残らず、な。「へぇ」と相槌を打ちながら、その言葉の危うさに、ふふっと笑えた。
「じゃあ、オレの願いも叶うかな?」

――神主さんに愛される秘訣が知りたい。

 短冊にさらさらとペンを走らせ、書き込んだのはそんな願い。
「う、えっ」
 真横で色気のねぇ奇声が上がったけど、無視して近くの笹に結びに行く。
 結び終えて振り向くと、三橋が長テーブルの前で、榊に隠れるようにうずくまっていた。
 白い狩衣に、真っ赤に染まった顔がよく映えて可愛い。
「神主さん」
 呼び掛けると、「神職、です」って蚊の鳴くような小さな声で言い返された。
 何だそれ、照れ隠しか? 神前で神主を口説くのって、罰当たりかな?
「顔真っ赤だぜ、神職さん」
 くくっと笑いながら右手を差し出し、立ち上がらせる。

 この場合、願いを叶えてくれんのは、星か? 神様か? 神職さんだろうか?
「オレの願い、叶いそう?」
 こそりと訊くと、白い狩衣の神職さんは、ぱさっと榊の陰に顔を隠した。
「か、神様に愛されるためには、日々徳を積むのがいいんだって。こ、この前借りた本に、書いてた」
「ああ、『神様に愛される秘訣』? 日々徳を積めって? じゃあ、あんたの場合は?」
 日々徳を積むってことは、神様に対する好感度アップにも繋がるんだろうか? じゃあ、神主さんの好感度はどうすりゃ上がるんだ? 神様はいつでもどこでも見てるけど、神主さんは見てねーよな?
「オレは日々、何すりゃいーの?」
 榊に顔を隠したままの、シャイな神主をじっと見る。梅雨の晴れ間の祭りの夜、笹を揺らす風もやんで、体温がどんどん上がってく。
 やがて、榊越しに三橋が言った。
「読み聞か、せ」

「んー?」
 一瞬意味が分かんなくて聞き返すと、もっぺん言われた。
「よ、読み聞かせとか、よろしいんじゃない、かと、思います」
「読み聞かせ?」
 ドモリながらの回答に、ぶはっと笑った。
 オレの読み聞かせなんて、聞きたがるのはお前だけだっつの。つーか、それって誘ってるようにしか聞こえねぇ。何なら、2人きりでオレんちでどうだ?
「あんた、可愛いな」
 「ははは」と声を上げて笑うと、三橋がゆっくり榊の陰から顔を出した。真っ赤な顔の中、デカい目がまっすぐオレを見つめてる。

「あ、阿部さんはやっぱり、笑ってるのが格好いい、な」
「は?」
 いつもはオレのこと、「お兄さん」っつーくせに。
 にへっと笑いながら、不意打ちで初めて名前を呼ばれて、今度はオレの方がちょっと照れた。

   (終)

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