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Season企画小説
過保護にも程がある (2016榛名誕・榛名視点・原作沿い高2)
 18歳になったら、できるようになる事はいっぱいある。
 結婚もできるし、運転免許を取ることもできる。クレジットカードも作れるし、パチンコ店にだって入れる。風俗にも行ける。
 けど何より有意義なのは、エロ本を買えるってことだろう。
 今までは野球部のOBさんが置いてった、よれたりカピッたりしてる古い雑誌を、順番に借りて帰るのがせいぜいだった。
 誰かの兄貴のお下がりや、たまに勇者が買ってきたりしたのを回し読みしたりもした。
 けどやっぱ、他人の本や共有の雑誌だと、汚さねぇよう気ィ使ったりもあって集中できねぇ。シュミが違うと、どうもノレなかったりするし、難しい。
 それが18になりゃ、自分で好きなタイプの選んで、堂々と買えるんだ。即行で買いに行くのは、当然のことだった。

 さっそく放課後、秋丸を連れて本屋に寄った。
 どうせなら色んな種類から選びたいと思ったから、この辺で1番デカい店にした。
「エロ本の品揃えなんて、どこでも大して変わんなくない?」
 秋丸にテンションの下がるようなことを言われてムカついたけど、まあそれもいつものことだし、相手したって仕方ねぇ。
「うるせー、さっさと売場探せ」
 軽く蹴り入れて追い立てながら、エロ本売場をキョロキョロと探した。
 男の読み物ってカテゴリーに入るせいか、ああいうコーナーってのは、大体スポーツ雑誌やホビー雑誌、車雑誌なんかの近くにあることがスゲー多い。
 案の定、売場はスポーツコーナーの横にあった。

「おおー、やっぱ充実してんじゃん」
 喜びににんまりするオレの横で、「そーだね」と適当な相槌を打つ秋丸。
「この娘可愛いーな」
「そーだね」
「こっちはこれ、胸小さすぎだろ」
「そーだね」
「ナースもいいよな」
「そーだね」
 オレの問いかけを、秋丸はことごとく軽く流し、その辺の雑誌をパラパラめくって物色してる。
 それでいて、聞いてねーのかと思ったらちゃんと聞いてんだから、腹が立つ。

「オレ、ナースより女医さんがいいなー」
 涼しげな顔してぽそっと言って来たりして、マイペースにも程がある。
「お前が買えるようになんのは、当分先だろ」
 皮肉っぽく言ってやると、秋丸は「ええっ!?」と心外そうに目を剥いた。
「買ってくんないの!?」
 って。ふざけんな、っつの。
「なんでてめーに買ってやんなきゃいけねーんだよ。今日はオレの誕生日だろ!?」
 思わず喚くと、「おめでとう」って何の感慨もなく言われた。
 別に今更祝って欲しいとか、プレゼント期待したりとかはしねぇけど、もうちょっと何かあんだろう?
「もっと祝え! 崇め奉れ!」
 ちょっとキツめに蹴りを入れてやると、その反動で後ろにいたヤツとぶつかった。

「うおっ、うわっ」

 そんな悲鳴と共に、バサッと雑誌の落ちる音がした。
「あっ、すんません」
 とっさに謝ると、更に「うおっ」と驚かれた。なんでかと思ってよく見ると、偶然にも知ってるヤツだったからびっくりした。
 西浦の投手の三橋だ。
 オレと落とした野球雑誌とを見比べ、キョドリながらぱっとしゃがみこんで、落とした雑誌を拾い上げた。
 向こうも焦ってたみてーだけど、オレだってちょっと焦った。なんたって、投手だ。投手の体っつーのは繊細にできてる。
「おい、大丈夫か? どっか痛くしてねーか?」
 まだ5月だし、夏大までは間があるけど、他校のエースにケガなんかさせたら後味悪ぃなんてもんじゃねぇ。しかも、こいつんとこの捕手は口うるさい過保護だし、余計に気になる。

 コイツは確か、右投げだよな? そこまで計算して、左手首をぐいっと掴む。顔を覗き込むと、三橋はわたわたと首を振り、「ない、です」ってうなずいた。
「あ、の、それより、榛名さん……きょっ、今日、誕生日……?」
 じわっと赤面しながら上目使いに訊かれ、「おー、そうだぜ」って手を放す。そしたら三橋は「ふおお」と顔を真っ赤にして、照れ臭そうに祝ってくれた。
「お、おめでとうござい、ます」
 他校のライバルとはいえ、そんな素直に「おめでとう」って言われると悪い気はしねぇ。
「いいだろー。18歳になったから、エロ本も堂々と買えんだぜ」
 自慢すると、「す、すごいぃ」って大袈裟なくらい賞賛された。
「は、は、榛名さんはスゴイなぁ」
 裏表の感じねぇ褒め言葉に、ますますオレもテンションが上がる。訊けば、ナースもの好きだっつーし。そういうとこも気に入った。

「よし、さっきぶつかったお詫びも兼ねて、1冊買ってやるよ」
 そう言うと、三橋は最初こそ「いいいい、いいです」なんて遠慮してたけど、強引に支払い済ませて渡してやると、素直に礼を言って受け取った。
「あ、の、ありがとうござい、ます」
 って。深々と頭を下げられ、キラキラの目で見つめてこられると、ホント悪い気はしねぇ。小動物みたいで可愛くて、色素の薄いふわふわ頭を思う存分撫で回した。

 三橋とバッテリーを組む、西浦の正捕手から電話があったのは、その晩のことだ。
 中学時代、リトルシニアで同じチームにいた後輩だから、オレの誕生日も知ってるハズ。なら、当然祝いの電話だと思うだろう。
 なんだよ、わざわざ「おめでとう」ってか? 可愛いとこあんじゃねーか。そう思って電話に出ると――。
『ちょっと訊きてぇことあるんスけど。うちの投手にエロ本買ってやったって、マジっスか?』
 挨拶も『もしもし』もねーで、いきなりそんなこと言われて、カチンときた。
「あー、買った。ちょいぶつかっちまったから、その詫びも兼ねてな。なんだ、そんなことで電話して来たのかよ?」
 ちっ、と舌打ちしながら呆れたように言ってやると、逆に不機嫌そうに喚かれた。
『「そんなこと」じゃねーっスよ! 三橋には不用意に女に幻想を抱かねぇよう、見せるエロ本だって厳選に厳選を重ねてるんス。オレの監査の通らねぇ、ハードなエロ本なんか勝手に与えねぇでくださいよ!』
 正直、どん引いた。
 過保護だ過保護だと思ってたけど、頭おかしいんじゃねーかってレベルで過保護だ。

 オレとバッテリー組んでた時は、そんなうるさく言うヤツじゃなかったのに。一体どこで道を踏み間違ったんだ?
「恋人を束縛するカレシかよ、お前? エロ本くらい自分で選ばせろ、過保護」
 ズバッと言い放ってやると、逆にズバッと言い返される。
『過保護で上等っスよ。恋人束縛して、何がワリーんスか? あんな可愛くてウブなヤツ、見張ってねぇとどこで悪い虫に食われるか、心配で寝られねーでしょう!』
「誰が悪い虫だ」
 とっさにツッコんで、待てよ、と思う。今のタカヤのセリフ、おかしいとこなかったか?
『あんた知らねーんでしょう、アイツがどんなに可愛いか。普段も素直で可愛いけど、ベッドの上ではもっと従順で……』
 オレの疑問をよそに、タカヤはえんえん電話口で喚き続けた。
「ベッド……?」
 力なく訊き返すが、耳がその先を拒絶する。

 オレは先輩に恵まれてたし、後輩にも恵まれてる。今の環境に不満はねぇ。けど、今この瞬間ほど、コイツと同じ高校になんなくてよかったと思ったことはなかった。
 一体どこで、いつの間に道を踏み間違ったのか。
「……悪かったよ」
 オレは素直に謝って、ぶつんと一方的に通話を切った。
 本屋で選んで買ってきた、オレセレクトのエロ本をぺらっとめくり、胸のこのイヤなドキドキをプラスの方に変換する。
 ――忘れよう。
 オレはひとりうなずき、雑誌の中のミニスカナースに集中することにした。

   (終)

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