Season企画小説
恋人としたい事・10
「三橋君、また一番前で応援していい?」
彼女ににこやかに言われて、最初、意味が分かんなかった。
「う……え……?」
応援?
きょとんと首をかしげて、応援の意味を考える。
応援団に入るってこと? それともクラスメイトとしての応援? それとも……もっと特別な応援、か?
意味が分かんなくて返事もできずに黙ってると、1歩近寄られて手を握られた。
「私、別の人と付き合ってみて分かったんだ。やっぱりあの人より、三橋君の方が好きだな、って」
彼女はさらに、どうしてそう思ったかとか何がきっかけだったとか、色々ぺらぺらと喋ってたけど、何も頭に入らなかった。ただ、また両天秤掛けられて比べられたんだって、それだけは分かった。
前にあっちの方がいいって言ったその口で、今度はやっぱオレって言われても納得できない。
あれ以来彼女とは、同じ教室にいても接点なんてほとんどなかった。仲間内で、名前が上がることもない。目が合うこともなかった。
フラれた当時は、「オレじゃダメなのか」って否定されたみたいで苦しかったし、同じクラスなのは辛いなぁって思ってたけど――いつの間にか、そんな思いはなくなってた。
オレの今の恋人は阿部さん、だし。彼女と阿部さんとは比べものにならない。天秤に掛けるまでもなく、阿部さんの方が断然大事だし、断然好きだ。
だから今更、彼女に側に来られても困る。今のオレに、阿部さん以外は必要ない。
握られた手をそっと抜いて、「ご、めん」と呟き、阿部さんを探す。
「オレ、あの、用事ある、から……」
ぼそぼそと言い訳しながら目を逸らすと、明るい声で「分かった」と言われた。
「ごめんねー、忙しいとこ。じゃあ、後でね」
上目遣いで拝むように手を合わして、小さく首をかしげる彼女。
後で? なんで? 疑問に思ったけど、オレが何か言う前に、彼女はたたっと校舎の方に駆け戻り、遠くからぶんぶんと手を振った。
待って、って、呼び止める暇もなくて、後でまた来るのかなって思うと、なんだかモヤモヤが募ってく。
どうしようって思った時――。
「廉君」
阿部さんに後ろから肩をぽんと叩かれた。
恋人の登場に、モヤモヤがパァッと一気に晴れて、にへっと頬が緩みかける。けど、阿部さんはなんでか、難しそうに眉をしかめてた。
「今の、誰?」
お弁当を渡されながら静かに訊かれて、ドキッとした。
「あの、前の……その……」
「同じクラスの? 3日間だけ付き合った子か?」
しどろもどろの説明に、阿部さんが補足しながら質問する。その声音がいつもより冷たく感じて、不穏な気配に鳥肌が立った。
「で、でも、オレは……」
オレが好きなのは阿部さんです。そう言い募ろうとしたけど、「しっ」とたしなめられて口を閉じる。
確かにこんな、グラウンドの真横で大声を出していい状況じゃない。オレがこんな年上の男の人と、付き合ってるってのは誰にも秘密、で。
「あ、べさん……」
その秘密の恋人を見上げると、彼はまだ眉をしかめたまま、皮肉げに唇を歪めて笑った。
そんで言われたんだ。
「あの子の方が、廉君にはふさわしいかも知んねーな」
「そっ、んなことない、です」
とっさに言い返して、目の前の阿部さんをまっすぐ見つめる。受け取ったばっかのお弁当はほんのり温かいのに、一気に体温が冷えていく。
オレが好きなのは阿部さんなんだって、ホントにホントなんだって、どう言えば信じて貰えるだろう? 阿部さん以外には、もう考えらんない。阿部さんしか欲しくない。
胸の中がいっぱいになって、うまく言葉を紡げない。
はくはくと口を開け閉めしてるうちに、休憩時間が終わっちゃったみたい。「三橋」ってフェンスの向こうから呼ばれた。
「集合かかってるぞ」
今行く、とも言えず、仲間と監督と阿部さんとに視線をキョドキョドと移す。集合は分かってるし、野球優先なのも分かってるけど、足がぴくりとも動かなかった。
阿部さんに、そんな難しい顔して欲しくない。
いつもみたいに笑って欲しい。オレを好きだって言って欲しい。あんな子に渡さない、って、言って欲しい。
けど、阿部さんはそうは言ってくれなかった。
「呼んでるぞ」
静かにたしなめられ、背中をパン、と叩くように押される。
「夜に電話すっから」
優しい口調でそう言われたけど、とても安心できなかった。口調もまなざしも優しいのに、いつもみたいに優しい笑みは見れなくて。すごく胸騒ぎがして、練習に集中できなかった。
嫌な予感は、当たって欲しくない時に限って当たるもんなんだ、な。
『会うの、やめようか』
その日の夜、電話越しに阿部さんに言われて、オレは何も言い返すことができなかった。
『廉君には、もっと高校生らしい恋愛の方が必要だ』
『オレみてーな男と付き合ってると、いつか無茶苦茶に穢しちまう』
『今はまだ、きれいなままでいるといい』
『初めての恋愛に酔ってるだけだ』
他にも色々言われた気がするけど、ショックが大き過ぎて、頭の中に残ってない。
「やだ」って泣いたけど、『まだまだ子供だな』ってふふっと笑われたら、泣き縋ることなんてできなかった。
オレの生活から、阿部さんがいなくなった。
朝練の前に、お弁当を受け取ることもない。放課後、喫茶店に寄ることもない。一緒に手を繋いで夜道を歩くこともなければ、キスをすることもなくなった。
朝5時から夜9時までの練習時間に、異論はない。異論はない、けど、こんなふうに阿部さんと会えなくなるなんて思ってなくて、どうしようって途方に暮れる。
胸にぽっかりと穴が開いて、心の底から笑えない。
練習時間が長くなった分、練習メニューもキツくなり、家に帰るなり倒れ込むように寝てしまう日が続いた。
あれっきり阿部さんからは電話もない。
オレからも、電話できるような余裕もなかった。メールは何度か送ったけど、返事は1通も貰えなくて、辛くなって送れなくなった。
登下校の時、阿部さんの喫茶店の前を通っても、営業時間に重ならないから、扉は固く閉じたままで、余計に寂しい。階段を上がって2階の部屋に向かうこともできない。
ついこの間、あんな幸せな誕生日を過ごしたのが、何もかも夢だったみたいだ。
繋がりをいきなりバツンと断ち切られ、どうしていいか分かんなかった。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!