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Season企画小説
恋人としたい事・9
「しゃぶってやろうか?」
 ニヤッと笑いながら囁かれ、思いっ切り動揺した。
「うっ、うええっ!?」
 しゃぶるって、しゃぶるって、つまり口でってこと? どこを? 何を!?
 体を起こしてじたばたと逃げると、「待て」って足首を捕まれた。
「ひゃ、やああっ」
 思わず悲鳴を上げながら、ぶわっと赤面する。
「興味あるんだろ?」
 からかうような声に、ぶんぶんと首を振るしかなかった。どんな顔で言ってるのか、恥ずかしくて確かめることもできない。
 キスより先に進みたいけど、何て言うか、違うって思った。興味はあるけど、こんなのは違う。

「あ、あ、あ、あ、あべ、さん……」
 ドモりまくりながら名前を呼ぶと、ぶはっと吹き出すように笑われた。はははは、と続く快活な笑い声を聞きながら、バカみたいにぽかんとする。
「冗談だよ」
 ぐいっと肩を抱かれ、頭をわしゃわしゃと撫でられて、ようやく呼吸ができるようになった。
「じょっ」
 冗談、って。一気に拍子抜けしちゃったけど、ホッとしたのも事実だ。
 しゃぶるって、フェラするって意味、だったの、かな? もしオレが「うん」って言ってたら、阿部さん、ホントにしてくれた?
「お前、動揺し過ぎ」
 優しい声でからかわれ、恥ずかしくて両手でバッと顔を覆う。心臓はとんでもなくドキドキしてて、くらくらした。
「ううー……」
 思わず唸ると、阿部さんはくくっと笑いながら、また頭を撫でてくれた。

 その時は助かったって思ったけど、そうでもなかった。ちょっと残念だったのは、それっきりその手のやりとりがなくなったことだ。
 別に、しゃぶって欲しいとかしゃぶりたいとか、そういうんじゃないんだけど……でも、後から考えるとちょっと、動揺し過ぎだったかなって思う。
 もっと、大人っぽいやり方ってあったんじゃないのかな?
 あんな態度だと、「まだ早い」って思われても仕方ない。
 でも、早いとか遅いとかの問題じゃなくて、こういうのは、慣れが必要なんじゃないのかなって、ちょっと思う。
 慣れればもっと、動揺しなくなるだろうし……恥じらいの仕方も変わってくるんじゃない、の、かな?
「阿部さん、好きです」
 精一杯の思いを込めて、2人きりの時に想いを告げる。
 お客さんの途切れた瞬間とか、閉店後に向かう阿部さんの家、手を繋いで歩く家までの道……。
 阿部さんは笑って「オレも」って言ってくれるけど、キス以上のことはやっぱ、してくれそうになかった。

 その一方で、オレの頭からは、ますます阿部さんのことが離れなくなった。
 いつもいつも考えてる気がする。甘くてぬるい吐息、柔らかな唇、固い胸、広い肩、オレを翻弄する肉厚の舌、大きな手――。
 優しいまなざしも、優しい声も、耳元にくれる囁きも、何もかもがオレをドキドキさせる。ドキドキしてソワソワして、ひどく落ち着かない気分になる。
 そんなオレのこと、阿部さんは「青いなぁ」って微笑ましげに言うだけだ。初めての恋愛に、舞い上がってるだけだ、って。
「あんま溺れんのもよくねーぞ」
 ふっと笑いながら頭を撫でてくれる阿部さんは、余裕の態度を崩さない。
 これは、大人だからなのかな? それとも経験値が高いから? オレのこと、溺れるくらいには好きじゃない?
 最初は阿部さんの方が、オレのこと好きって言ってたハズなのに。いつの間に逆転しちゃったんだろう? よく分かんない。


 夏が近付くと、部活がどんどん忙しくなった。
 土日も毎週練習試合が組まれてて、デートするような暇もない。
 喫茶店が休みになる日曜に、練習試合の様子を見に来てくれたりもするんだけど、やっぱ部活優先だから、阿部さんだって気付いても側に寄ることもできなかった。
 夏大の抽選の後、練習時間が朝5時から夜の9時までに変わるって聞かされて、まず最初に頭に浮かんだのも、阿部さんのことだった。
 朝5時に間に合うためには、4時半に家を出なきゃいけない。そんな時間に、阿部さんにお弁当作って貰うなんて無理だ。起きて貰うのすら無理だ。
 夜の9時って、喫茶店の閉店時間と同じだし。なら、部活の後に阿部さんちに寄ってくことも無理になる。
 勿論野球は大事だし、勝ちたいし、練習はしたい。部活を優先にすることに文句はない。けど、阿部さんといきなり距離ができる気がして、ひやっとした。

「ら、来週、から、あんま会えなくなる、かも」
 さっそく阿部さんに相談したら、「気にすんな」ってあっさりと言われた。
「秋になったら、また元に戻るだろ」
 平気そうな言い方に、ええっ、と思った。
 明日のことすら分かんないのに、今から秋のことなんて、もっと分かんない。阿部さんとは視野が違うんだなって、しみじみ思う。阿部さんは、大人、だ。
 1年や2年なんてあっという間だって言っちゃう、オヤと同じ、大人だ。
「元気出せ。今度の日曜、弁当作って学校まで持ってってやるから」
 な? と、なだめるように頭を撫でられ、仕方なく「はい……」とうなずく。
 貴重な休日に、オレのためにお弁当作ってくれるんだと思うと、申し訳ないけどやっぱり嬉しい。
「好きだぜ」
 抱き締められて耳元で囁かれると、胸が温かいものでいっぱいになって、ぐわーっと溢れそうになる。好きだなぁと思った。
 こんな大好きで素敵で格好いい恋人に応援して貰えるなら、いくらでも頑張れる。

「希望のおかずあるか? から揚げとウィンナーは絶対だろ?」
 優しい会話に、うへっと笑って「何でもいい、です」って素直に答える。
 阿部さんが作ってくれるなら、何でもいい。
 会えるなら何でもいい。もっともっと顔が見たいし、声が聴きたい。キスもしたい。大好き、だ。
 日曜が楽しみだと思った。

 けど――せっかくのその日曜日。阿部さんからお弁当を受け取ろうと、フェンスの外に出たオレに、先に声を掛けてきたのは、同じクラスの女子だった。
「三橋君、頑張ってるんだね」
 にこやかに話しかけられて、一瞬だけどドキンとする。
 それは前に3日間だけ付き合って、結局他の人と付き合うからってオレを振った例のあの子で……。
「頑張ってる三橋君、格好いいな」
 にこにこ笑いながら近寄って来られて、とっさに返事もできなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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