Season企画小説
恋人としたい事・8
いつもの阿部さんとの毎日に、キスが加わった。
朝、部活の前に店の前に寄って、「おはよう」を言いながらお弁当を受け取る。朝練の後授業して、阿部さんのお弁当を早弁する。放課後は、午後練の後まっすぐ阿部さんの喫茶店に向かう。
ハートの描かれた甘いカフェラテを飲みながら、彼の働く姿をぼうっと見ると、胸の奥がほんわかする。目が合うと嬉しい。笑ってもらえると、もっと嬉しい。
大きな手のひらで、優しく頭を撫でてくれる阿部さん。
顔を見ても声を聞いてもドキドキはどんどん大きくなって、オレの気持ちも膨らんで、体の中からはみ出しそう。
キスしたから好きになったとか、そういうんじゃない。キスがきっかけで、好きだって実感したんだ。
阿部さんのことで頭がいっぱいで、勉強が何も手につかない。
中間試験の終わった後で、ホントに良かったと思う。幸い、赤点は1教科もなくて、それも全部阿部さんのお陰だ。
お母さんが遅い日は、喫茶店の2階にある阿部さんの家に寄ってくことも増えてった。
阿部さんちで2人きりになって、何をするかって言ったら、勿論キスだ。
「廉君」
優しい声で名前を呼ばれ、腕や肩を掴んで抱き寄せられる。
ぎゅっと腕の中に囚われて、ドキッとする間もなく寄せられる唇。近付いてくる整った顔を、まともに見てはいらんなくて、オレはいつも目を閉じる。
ちゅっと軽く触れるキス。その後、口中に舌を差し込まれ、肉厚のそれに翻弄される。
舌と舌を絡め合わせると、気持ち良すぎて声が漏れる。
「ん……あ……あべさん……」
合間に名前を呼ぶと、「なに?」って訊かれながら、またキスされる。会話にならない会話、でもちっとも不都合はなくて、名前を呼び合いながら、何度も何度もキスをした。
ぬるい吐息が甘い。
ぎゅっと目を閉じたまま、キスを受けながら阿部さんにしがみつく。
「ん……う……」
声を漏らし、はあ、と息を吐くと、いつも「可愛いな」って言われる。こめかみや眉間にキスされることもある。
キスのその先にはちっとも進んでくれないけど、どんなふうにねだればいいのか分かんない。
「お、オレ、もっとドロドロのこと、知りたい、です」
カーッと赤面しながら思い切って言うと、余裕の顔で「まだいーよ」って躱された。
「廉君はまだ、きれいなままでいいさ」
耳元でこそりと囁きながら、そこをべろっと舐めたりされると、ぞくっとする。
「んんっ」
上ずった声を漏らすと、ふふっと笑われて理不尽、だ。
家まで送ってくれる帰り道、手を繋ぐのも相変わらずのことだけど、それだけじゃもう、終わらない。
「じゃーな、また電話する」
家の前での別れ際、ぼそりと囁かれる低い声。
頭の後ろに手を回されて、あっと思う間もなく、ちゅっと軽いキスをされる。
阿部さんちでは、もっと深くて長いキスをするのに。家の前で、道端で、こうして軽くキスされるだけで、どうにかなりそうなくらい心臓が痛むのはなんでだろう?
もっと一緒にいたい。
夜の電話が待ち遠しい。電話が終わった後は、朝になるのが待ち遠しい。
さすがに野球してる間は、野球の事に集中するけど、授業中はいつもずっと、阿部さんのこと考えてばっかだった。
田島君に借りたエロ本を阿部さんに見られちゃったのは、キスをし始めてから1週間もしないうちのことだ。その日も閉店後、阿部さんちに寄って宿題してた。
カバン開けっ放しなの、普段気にもしてなかったから、バッチリ見えちゃってたみたい。
「こら、何読んでんだ」
カバンの中に入れてたのを取り出され、すっごく慌てた。
「わあっ、ち、違うん、ですっ」
喚きながら取り返そうとしたけど、身長差のせいで、指先すら届かない。
「何が違うって?」
キリッと濃い眉を怒ったようにしかめられ、ドキーンと心臓が跳ねた。じわっと顔に熱が集まり、言い訳がぐるぐる頭をめぐる。
いい顔しないだろうって分かってたけど、怒ったように問い詰められるとは思ってなかった。
「そ、れは、とっ、トモダチに借り、て」
しどろもどろに説明すると、「ふーん」ってにこりともしないで言われた。
「こういうのに興味あんの?」
低い声での尋問に、ごくりと生唾を飲み込む。
阿部さんの手の中で開かれた雑誌には、半裸の女の人が彼に笑顔を向けている。そう思った瞬間、やだなぁって思った。女の人なんか見ないで欲しい。オレだけ見て欲しい。
「きょ、興味がある、のは、阿部さんだけ、です」
赤面しながら、まっすぐに目の前の整った顔を見上げる。
オレだって一応男、だし、半裸の写真を見せられれば、その気がなくても興奮する。勃起したら、右手でこすれば射精もきっとするだろう。でも、それじゃ意味がない。
オレが触れたいのも、見たいのも見られたいのも、全部阿部さんだ。誌面に写るきれいなお姉さんじゃない。
キスの先をしたいのも、阿部さんだけだ。
「そのトモダチと、抜き合いっこしたか?」
大きな手のひらで頬を撫でられ、そんなことを言われてドキッとした。
優しく笑ってはいない、いつになく真剣なまなざしに、心臓も心もワシ掴みにされる。
「そ、そんなの、しない……です」
ぶるぶると首を振りながら否定すると、また「ふーん」って言われた。
右手でオレの頬を撫で、左手でオレの肩を掴んだ阿部さん。笑顔のなさに緊張してると、肩を押されてラグの上に押し倒された。
上からのしかかるように覗き込まれ、またドキッとする。
心臓がばくばくと早鐘を打ち、とてもじっとしていられない。
ゆっくりと顔を寄せられて、唇を重ねられる。
――ああ、キスだ。
いつものように、阿部さんの首元に腕を回し、縋るようにキスをねだる。
「ん……ふ……」
舌を絡め合わせながら、押し倒された格好のままそこでキスを続けてると――。
「んんっ! うあっ!」
キスしたまま、デニムの上からするんと股間を撫でられて、ホント、どうしようって思った。
平静じゃいられなかった。
(続く)
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