Season企画小説
恋人としたい事・7
オレはまだ、恋に恋してる状態なんだって阿部さんは言う。恋愛ってホントは、キラキラきれいなものばっかじゃないんだ、って。
「廉君が恋人としたいのは、『あーん』したり、手を繋いだり、一緒に出掛けたりなんだろ?」
確かにそう言ったのは事実だから、反論もできない。
「オレが連想すんのは、もっとドロドロしてエグいモンなんだ。言っちまうと、きっとドン引かれるから言わねーけど……オレはホントは、そんな優しい男じゃねーんだよ」
阿部さんは優しい声でそう言って、優しくオレの頭を撫でた。
「お、オレ、そんな」
どんなにドロドロでもエグくても、オレが阿部さんにドン引くなんてことあり得ない。しどろもどろにそう言うと、阿部さんは「ありがとな」って、ふふっと笑った。
たくましい腕の中に抱きこまれ、もっかい深いキスをする。
舌を絡め合わせると、ぞくぞくするくらい気持ちいいって初めて知った。股間がずきんと重くなって、おっきくなってるのを自覚する。
「ん、ん……う……」
キスを受けながら声を漏らすと、阿部さんがふっと笑うのが分かった。
初めてのキスは衝撃的で、すごく素敵で気持ちよかった。家に帰っても、お風呂の中でも、ずっとキスのことばっか考えた。
「お帰り、野球どうだったの?」
お母さんに声を掛けられたけど上の空で、「うん……」としか返事できない。
野球って何? って一瞬思って、そうか、試合観に行ったんだなって思い出す。
初めてのデートのドキドキも、ずっと手を繋いでくれてたことも、全部キスで上書きされて、何もかも記憶が曖昧だ。
球場からの帰り道、デートの本番は今からだって言われたの、あれはこういうことだったんだろうか?
思ったより柔らかかった唇とか、口の中いっぱいに差し込まれた肉厚の舌とか、甘い吐息とか、そんなことを繰り返し繰り返し思い出してぼんやりする。
何度も何度も交わしたキス。最後にはオレからも阿部さんに抱きついて、「もっと」ってせがんだ。
キスがあんな、激しくて深いものだって知らなかった。確かに、キラキラきれいなものじゃない。もっと生々しくて、エロいものだ。
途中で勃起しちゃったの、気付かれたかどうか分かんない。気付かないフリしてくれただけかも。
阿部さんはやっぱり優しい。優しくて、大人だ。大人の阿部さんの恋人に、オレじゃ物足りないの、かな?
夜、寝る前に電話をくれたときは、心臓がドキーンとした。
胸の中がモヤモヤして、「わーっ」って叫びたくなるくらい、いろんな気持ちが高まって、どうしようって思った。眠れそうにない。
「阿部さん……好き、です」
思わずそう言うと、電話の向こうでふふっと笑う気配がした。
『キスしたからだろ』
「ち、がいます!」
見透かしたような言葉に、反射的に言い返してぶんぶんと首を振る。
首を振ったって阿部さんには見えないんだけど、それでも首を振らずにはいられなかった。このいっぱいいっぱいの気持ち、分かって貰いたい。
「オレ、ホントに……。好き、です」
思いを込めてもっかい言うと、阿部さんはやっぱり笑ってそうだったけど、『オレも好きだ』って応えてくれた。
3日間だけ付き合った、クラスのあの子に対する思いとは全然違う。
恋人と一緒にああしたいな、こうしたいな、っていろいろ考えてたけど、それは「恋人」とであって、今考えると、「あの子」じゃなかった。
でも阿部さんは違う。
「恋人と」じゃなくて、阿部さんと、キスしたい。
もっともっと一緒にいたいし、お出かけもしたいし、手も繋ぎたい。抱き締めて貰いたいし、料理だって、一緒に作って食べさせ合いたい。
キスの……その先も知りたい。
あの子とキスしたいなんて、オレ、思わなかった。そりゃ、いつかはしたいと思ってたし、知識だってあるけど、具体的には考えたことなかった。
恋に恋してる状態、って言われた理由、なんとなく分かる。昨日までは確かにそうだった。
「オトナって、何歳くらいから、かな?」
翌日、野球部の練習で柔軟体操しながら田島君にぼそりと言うと、「ハタチからじゃねぇ?」って言われた。
確かにお酒もたばこもハタチからだし、成年か未成年かって言い方だと、ハタチより前はオトナじゃないってことなのかも。
でも……もうオレ、16歳になったんだ、し。小っちゃい子じゃないって思うんだ、けど。
「16歳って、子ども、かな?」
ぼそっと訊くと、田島君もさすがに「どうかなぁ」って首をかしげてた。
「何かあったのか?」
逆に訊かれて、いろいろ思い出して、ぶわっと顔が熱くなる。
「き……キスの先、って、何だろうって思、って」
ぼそっと言うと、「セックスだろ」ってぼそっと返されて、ドキッとした。
「オレら思春期だし、興味あるよなー?」
あっけらかんと笑われて、赤面しながら素直にうなずく。「オレら」ってことは、田島君も、なの、かな?
もじもじしてると、ぐいっと肩に腕を回され、「今日、うちに来いよ」って誘われた。
「兄ちゃんから借りてるエロ本、あるんだ。一緒に見よーぜ」
エロ本って単語にドキッとしたけど、断ろうとは思えなかった。オレ、キスの先が知りたい。
「まだ早い」って思われてても、そんなことないよって言えるようになればいい。オトナの恋愛のドロドロを、オレも理解できればいい。
今だって、阿部さんのこと考えると、そわそわして落ち着かない気分になってくる。これが……「好き」ってことじゃないの、かな?
(続く)
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