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Season企画小説
恋人としたい事・3
 朝練でお腹が空いたから、2時間目の休み時間にさっそく阿部さんのお弁当を食べた。
 ひとりじゃ早弁なんて恥ずかしいけど、野球部のみんなと一緒なら平気。
 同じクラスで、オレとバッテリーを組んでる田島君が、自分もお弁当を食べながら、阿部さんから貰った包みを見て「おおっ」と言った。
「三橋、それもしかして、早弁用の弁当?」
 早弁用にって貰った訳じゃない、けど、間違ってはないので「うん」とうなずく。
「いいなー、おばさんに作って貰ったんか?」
「ううん、お母さんじゃない、けど」
「ええっ!?」
 田島君たちはそれを聞いて大声を上げたけど、すぐにパッと口を手でふさいで、教室の中に視線を向けた。

「……女子じゃねーよな?」
 こそりと囁かれ、それにもうなずく。昨日別れを告げられたあの子も、この教室にいるからだ。やっぱり顔を見ると気まずいけど、胸の痛みはだいぶ少ない。
「別の、ひと」
 にへっと笑うと、また大声で「ええーっ!?」って叫ばれて、なんか照れた。
 行きつけの喫茶店のマスターだって言うと、「なんだ男かよ」ってガッカリされたけど、男の人でも、恋人、だ。
 その恋人に作って貰った、初めてのお弁当。中身は7割がおにぎりで、3割がおかずだった。おにぎりの中身は、梅干しと鮭。それに赤いウィンナーとゆで卵とアスパラガス、プチトマトも入ってた。
 もしかして、オレがあんなこと言ったから、ありあわせの物で作ってくれたのかな? ウィンナーもアスパラガスも、お店でたまに食べるナポリタンの材料だ。
 ナポリタンもカレーも美味しいけど、オレのためにって作ってくれたお弁当はすっごく美味しくて、嬉しかった。


 部活の後、いつものように喫茶店に向かった。
「あの、お弁当、美味しかった、です」
 ぺこっと頭を下げて礼を言うと、阿部さんは「そうか」ってにっこり笑ってくれた。
 オレの定位置は、カウンターの奥のすみ。
 そこに陣取り、宿題を済まそうと勉強道具を広げると、いつものように甘いカフェラテがことんと置かれた。
 ちらっと見ると、ハートのラテアートがまた描かれてて、ぶわっと顔が熱くなる。
「可愛いな」
 くくっと笑う声に肩を竦めると、大きな手のひらで優しく頭を撫でられた。
 今までだって何度もされた仕草なのに、なんだか妙に気恥ずかしい。

 目を向けると、阿部さんはすっごく優しい目でオレを見てて、ドキッとした。
 昨日、「好きだ」って言ってくれたけど、それってどんくらいの「好き」なんだろう? 恋人だって言われても、まだ何て言うか、漠然としてて、オレにはよく分かんない。
 教科書に目を落としても、書かれてることが何も頭ん中に入らなくて、宿題がちっとも進まなかった。
 コーヒーの匂いの漂う、阿部さんの小さな喫茶店。
 昼間はそこそこ忙しいらしいけど、夕方はいつもあんまお客はいなくて、静かで落ち着いた雰囲気だ。
 教科書を広げてから、何分くらい経っただろう? シャーペンを握ったまま、1行も何も書けないでいると、優しい声で「廉君」って呼ばれた。
 ハッと顔を上げると、口元に何かをぐいっと近寄せられる。
「ほら、あーん」
 反射的に口を開けると、それをぱくっと食べさせられた。何かと思うと唐揚げで、もぐもぐと咀嚼しながら、今更ながらに「あーん」に気付いて動揺した。

  阿部さんはっていうと、イタズラが成功したみたいな顔で、ニヤッと笑ってる。
 さっき唐揚げをつまんでオレに食べさせた手を、ぺろっと舐めてて、その仕草にもドキっとした。
 やっぱり大人だなぁって思う。格好よくて、すごい。
「味、どう? ネットでレシピ検索して、初めて作ったんだけど」
「お、美味しい、です」
 ごくりと飲み込んでからそう言うと、「よかった」って爽やかに笑われた。
「明日の弁当に入れてやるよ」
 そんな言葉に、「は、い」とうなずく。明日もお弁当、作ってくれるんだと思うと嬉しい。
 そういう免疫が少しもないから、いきなりの恋人っぽいやりとりに、ドキドキして仕方なかった。

「意識し過ぎ」
 くくっと笑いながら、額を指でつつかれたけど、自然になんて振る舞えない。
「中間テスト、いつ?」
「わ、分かんない、です」
 そんな何でもない会話すら、一言一言が大事に思える。
「それじゃダメだろ」
 こつんと頭を叩かれて、照れ臭さに「ふへっ」と笑う。
 オレの教科書をパラパラめくって、「懐かしいなー」なんて言ってる阿部さんは、どんな高校生だったんだろう?
 10年前っていったら、オレはまだ小学生ですらなくて、ちょっと遠いなぁと思った。

 大人な阿部さん。格好いい阿部さん。コーヒーを淹れる横顔はすごく真剣で、でも楽しそうで、何より格好良くて惚れ惚れする。
 この日も夜、寝る前に電話をくれた。
『宿題、ちゃんと終わったか?』
「いち、おう」
『一応ってなんだ?』
 静かに笑う声を耳元に聞くと、鼓膜がびりっと震える気がした。
 ドキドキが止まらなくて、落ち着かなくて、「わーっ」と叫びながら走り出したいような気分。
『テスト前は部活、ねーんだろ?』
 その言葉に「多分」って言うと、『ねーんだよ』って呆れたように笑われた。
『勉強、見てやるから』
 勉強は嫌いだし苦手だけど、そう言って貰えるとちょっと楽しみに思えるから、すごく不思議だ。

 阿部さんがこんなに優しいのは、恋人だからかな? それとも、阿部さんだから優しいのかな?
 「一緒に勉強する」っていうのも、恋人とやりたいことの1つに加えてもいいかもなと思った。

(続く)

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