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Season企画小説
恋人としたい事・2
 マスターの胸の中は、コーヒーの匂いでいっぱいだった。
 黒いベスト越しに彼の体温が伝わって来て、安心して泣けてくる。
 頭を撫でられながら、じわっと優しさを噛み締めてると、「オレとやろうか」ってぼそりと言われた。
「さっきの、恋人とやりたい事。オレと一緒にやろうぜ、廉君。付き合おう」
「つき、……え?」
 何を言われたか分かんなくて、ゆるく抱き締められたまま見上げると、格好いい顔と目が合った。
 間近で見つめられ、優しく笑われてドキッとした瞬間――「好きだ」って言われて、心臓が止まるかと思った。
「勿論、イヤじゃなかったらだけど」
 マスターに言われて、ぶんぶんと首を振る。
 いきなりの告白に戸惑いもあるけど、イヤなんて訳ないし、そう言って貰えたのは嬉しい。

「兄貴ポジションで、ずっと見守っていこうと思ってたんだけどな」
 ふふっと笑う声に、こくりとうなずく。
「う、ん。お、オレも、お兄ちゃんって、こんな感じかな、って……」
「けど、今からは恋人だ」
 言葉を遮られ、どぎまぎしながらもっかいうなずく。
 マスターが恋人、って。正直実感わかないし、何でそんなこと言い出したのか、オレにはよく分かんない。慰めてくれようとしてるの、かも?
 でも、真面目な顔で見つめられ、「好きだ」って言われるとドキッとしたし、嬉しかった。

 その後、すぐにお客さんが来て、マスターはカウンターの中に戻っちゃったけど、「冷めただろ」って煎れ直してくれたカフェラテには、ハートのラテアートを描いてくれた。
 パッと視線を向けると、格好イイ顔でニヤッと笑われて、じわじわ顔が熱くなる。
 こんなの描いてくれたの、初めて、だ。マスターがラテアートできるのも、初めて知った。恋人だから、特別? 恋人って、こういうこともするの、かな?
 ハートのカフェラテはいつもより甘くて、いつもより体が温まった。
 変なの、店に入るまでは絶望一色だったのに。否定されたってショックはかなり薄らいで、ちくっと胸を刺すだけになった。
 フラれたばっかなのに、他の人に「好きだ」って言われたからって、もうショックから立ち直りかけてるなんて、我ながらゲンキンだ。これじゃ、彼女のこと責められない。
 誰でもいいって訳じゃないし、「好き」って言われたら誰とでも付き合うのかっていうと、そうじゃないけど……どうなんだろう?
 マスターはホントにオレのこと好きなのかな? 付き合うって、ホント?
 こういう恋も、あっていいの、かな?

 閉店後、家まで送ってくれる道のりを、マスターはずっと手を繋いで歩いてくれた。
「恋人とやりたい事、これでもう2つクリアだな」
 ふふっと笑われて、うなずきながら顔を熱くする。
「あ、の、マスター」
 そう呼びかけると、「違ぇだろ」ってたしなめられた。
「恋人なんだから、これからは名前で呼べ。店ではいいけど、2人きりん時は『隆也』な」
 恋人なんだから。そんなセリフにドキッとして、ますます顔が熱くなった。
 けど、「ほら、呼んでみな」なんて促されたって、いきなり名前呼びはハードルが高い。お母さんは「阿部君」って呼んでるんだし、「阿部さん」はどうだろう?
 そう言うと、マスターは「はあ?」って濃い眉を怒ったようにしかめたけど、すぐに苦笑して許してくれた。

「仕方ねーな。けど、その内ちゃんと呼べるようになれよ?」
 ポンと軽く頭を叩かれ、大きな手のひらを意識しちゃって、ドキドキが止まらない。
 マスターの……阿部さんの手が大きいのなんて、とうに分かってたことなのに。大人の男の人だなぁって、改めて意識すると、照れ臭くってそわそわした。

 家に帰った後、寝る前に電話を貰った。
『明日、家出るの何時?』
 最近、軽い朝練もするようになったから、家を出るのは前より早い。
「6時、半」
『じゃあ、店の前に寄ってって』
「み、せ?」
 店、ていうと、あの喫茶店のことだろう。でも開店は10時からのハズなのに、なんで、かな?
 首を傾げつつ理由を訊くと、ふふっと笑いながら『内緒だ』って言われた。内緒って響きは、なんか恋人っぽくてドキドキする。
 切るときには『お休み』って言ってくれて、それもすごく耳に響いた。
 マスター……阿部さんって、こんな艶っぽい声を出したりもするんだ? そんなことも、初めて知った。

 そういえば、3日間とはいえ付き合ってた例の彼女とは、こんな風に電話しなかったな。
 もしかして、オレからするべきだった? でも、どう考えても、その子と電話してるイメージは沸かなくて、違うなぁって改めて思う。
 やっぱり、あの子と阿部さんとは違う。
 どっちも告白されて付き合うことになった相手だけど――いろんなトコが、根本的に違ってる。
 同い年の女の子と、すごく年上の男性と。比べられるモンじゃないし、比べちゃいけないって思うけど、今の方がなんか、心も気持ちもあったかくて、ホカホカだ。
 朝までよく眠れそうな気がした。


 翌朝、約束通り阿部さんの喫茶店に寄ると、阿部さんはTシャツにジャージっていう、見たことないくらいラフな格好で、店の前に立っていた。
 いつも、黒いネクタイに黒いベスト、黒いスラックスっていう格好でお店に立ってるから、別人みたいに見えてドキドキした。
 よく見れば、髪の毛も自然な感じでバサッとしてて、プライベートって感じする。
「おはよ、廉君」
「お、はようござい、ます」
 どぎまぎしながら挨拶すると、ふふっと笑われて頭を優しく撫でられた。
 Tシャツ越しに筋肉質の体格が見えて、思ってた以上にたくましくて、格好いい。着やせするタイプ、っていうのかな?
 じわっと赤面しながら見つめると、「これ」って小さな包みを手渡された。

 15cm×20cmくらいの小さな包みだ。何だろうって思いながら受け取ると、カサッと音がして、ほんわかと温かい。
「これ、って……?」
 ぼそりと訊きながら見上げると、得意そうにニヤッと笑われた。
「弁当、ちょっとだけどな」
 その瞬間、ぎゅうっと胸が苦しくなるくらい幸せになったのは、当然のことだろう。
 恋人にお弁当、作って貰いたい。……それは昨日、オレが愚痴っぽく呟いた小さな願い、で。ちゃんと覚えててくれたんだなって思うと、すごく嬉しくてたまんなかった。

(続く)

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