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Season企画小説
恋人としたい事・1 (2016三橋誕・喫茶店マスター阿部×高1三橋)
 女の子に告白されて、付き合うことになった。そう告げると、近所の喫茶店のマスターは「良かったじゃねーか」って、カウンター越しに頭を撫でてくれた。
「クラスの子か?」
「う、うん」
「可愛い?」
 その質問に一瞬首をかしげると、「こら」って額を指でつつかれる。
「そこは可愛いって言わなきゃダメだろ」
 ふふっと笑うマスターは、すごく大人で格好イイ。
 オレはひとりっ子だからよく分かんないけど、お兄ちゃんってこんな感じかなぁって思う。
 何でも知ってて、何でも相談できて、頼りがいがあって優しい。

「で? 何て告白されたんだ?」
 コトンと目の前に甘いカフェラテを置きながら、マスターが訊いた。
 夕暮れ時の喫茶店、客はまばらで。マスターも暇なのかも知れないけど、突っ込んだことを訊かれるのはちょっと恥ずかしい。
「し、試合、応援に行きたい、って」
 照れながら教えると、「へぇ」って感心したように言われた。
「廉君、エースだもんなぁ」
 大きな手のひらで頭を撫でられ、くすぐったくて、ふひっと笑う。
 入学式の前、野球を続けるかどうか迷ってた時、相談に乗ってくれたのもマスターだった。
「イヤならいつでも辞められるんだから、まずはやってみろ」
 そう言って、ドンと背中を押して貰ったお陰で、野球部に見学に行けて。入部して、今はちょっとずつだけど、野球部のみんなとも仲良くなれた。

 マスターは、大学で准教授をやってるうちのお母さんが、まだ講師だったときの教え子らしい。
 うちの近所に店を出したのは偶然だったらしいけど、とにかくそういうご縁があって、部活の後はほぼ入り浸りだ。
 お母さんの帰りが遅い日なんて、閉店後にうちまで来てくれることもある。
 オレはカウンターでいつも甘いカフェラテを飲みながら、宿題やったり、野球や学校の話、する。
 喫茶店だから、あんま食べ物系のメニューはないけど、ナポリタンとかカレーとか食べさせてくれることもある。
 オレの飲食代は、ツケで月末に請求だって。
 コーヒー淹れるのが上手で、頼りがいあって、大人で、優しいマスター。きっとモテるだろうし、恋愛経験も豊富なんだろう、な。
「まあ、若い内はそういう恋もいいさ」
 オレの話を聞いて達観したように笑ってて、格好いいなぁってしみじみ思った。

「今度、そのカノジョ連れて来いよ。廉君にふさわしいかどうか、確かめてやる」
 冗談めかしてマスターが笑ってたのは、ひょっとしたらその後の展開を、予想してたのかも知れない。
 でも、初恋らしい初恋も経験してないオレにとって、今回のことはハードルが高すぎて。冷静に考えることもできなかった。
「他の人と付き合うことにしたから」
 できたばかりの恋人に、そんな言葉で別れを告げられたのは、その3日後のことだった。

「ごめんね?」
 拝むように軽く手を合わせ、ちょん、と首をかしげて謝られて、最初は意味が分かんなかった。
 告白してきたのはそっちからなのに、他の人と付き合う、って。
「どっ……えっ……?」
 どういう意味、って訊けるような余裕もなくて、言葉に詰まった。
「実はね、昨日……」
 彼女はぺらぺらと経緯を話してくれたけど、その半分も理解できなかった。
 つまり、昨日他の男子に告白されて、彼女なりに色々考えた結果、向こうを選ぶことにしたみたい。

 まだ付き合って3日だったし、告白してきたのも向こうからだし、オレの方だってまだそんな、大好きって訳じゃなかった。
 けど、こんな風に別れようって言われて、思ったよりショックだったってことは、少しは好きだったのかも知れない。
「そんな女、もう放っとけ」
「怒ってもいいと思うぞ」
 野球部のみんなはそう言ってぷりぷりと文句を言ってくれたけど、オレの方はとにかくショックで。怒るとか、そういう元気も出なかった。
「だって彼の方が三橋君より男らしいし、頼りがいあるし。何より、自慢できそうなんだもん」
 その子に言われた無邪気な言葉が、ぐさっと胸に突き刺さった。

 結局、大好きな野球にも集中できなくて、ぐだぐだな練習を終えてマスターの喫茶店に向かった。
「失恋、した」
 カウンターの前に立ち、報告すると、マスターは「そうか……」って甘いカフェラテを煎れてくれた。
「まあ座れ」
 促されるままカウンターのイスに座り、はぁー、とため息をつく。なかなか浮上できそうになくて、自分でもなんだか辛かった。
 両天秤かけられて、他の男子と比べられて、軽く思われたこともショックだったけど、何より辛かったのは、多分、「お前じゃダメだ」って否定されたことかも知れない。
 彼女にそういう意図はなかったのかも知れないけど……でも、結果的には「いらない」って言われたのも同様で。オレなんかに価値はないんだって、自覚させられたのが辛かった。

「まあ、いい経験になったな」
 マスターは、やっぱり予想してたのかな? 案外驚いた顔を見せなかった。
「こういう辛いことをいっぱい乗り越えて、いい男になってくんだよ」
 大きな手のひらでいつものように頭を撫でてくれたけど、いつものようには笑えない。
「引きずんのはバカらしーぞ。反省は大事だけど、前を見てかねぇと」
 ありがたい忠告に、こくりとうなずく。
 昼間から、みんなに何度も似たようなことを言われたけど、頭では理解できてても納得はできなくて、はぁー、と深いため息が漏れる。
「オレなんか、好きになってくれる人、いないの、かな?」
「いるに決まってんだろ」
 マスターが即答してくれたけど、気を遣ってくれてるとしか思えない。「どこに?」って訊きそうになったけど、それは甘えかも知れないと思うと、言えなかった。

 代わりに、ぽつっと呟く。
「……恋人とやりたいこと、いっぱいあったんだけど、な」
「例えば、何?」
 ふふっと笑いながら促されて、指折り数える。
「た、例えば、手を繋いで帰る、とか。お、お弁当作って貰う、とか。そ、それに、『あーん』ってしたり、とか」
「はははっ」
 おかしそうに笑われると、すごく恥ずかしい。オレ、そんなおかしいこと言ってる、の、かな?
「他には?」
 短く促され、まだ続けなきゃいけないのかなって、じわっと顔が熱くなる。

 お客さんが他にいなかったせいもあるんだろう。
「ほら、早く言え」
 煽るようにどんどん促され、オレももう、半分ヤケクソになっちゃった。
「で、デートもしたかっ、た。や、野球とか映画とか、見に行ったり。そんで、帰り、家まで送ったり、とかも、したかった」
 真っ赤になりながらキッパリ話すと、「そうだな」って優しい声でうなずかれる。
 すっごく優しい目でまっすぐに見つめられ、穏やかにうなずかれて、頭を撫でられて。胸の中にじわーっと熱いものが広がった。
 ぽろっと涙がこぼれて、慌ててそれをぐいぐいぬぐう。
「……廉君」
 マスターにも心配させちゃったみたい。カウンターの中から出て来てくれて、ぎゅっと胸に抱き締めてくれた。

(続く)

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