Season企画小説
ハプニング・カウントダウン・2
ホテルへのチェックインは午後かららしくて、一旦大きな荷物を預け、着替えて練習場に直行しようってことになった。
練習所は2kmくらい先にあるんだって。
行き返りは当然、走るらしいんだけど、今日は飛行機に長時間乗ってたし。体をほぐす意味も込めて、並んで歩くことにした。
日本は真冬だったのに、寝て起きたら夏ですごく不思議。
半袖Tシャツとランニングパンツっていうラフな格好でホテルにいても、ちっとも浮いてなくて、それも不思議だった。
「帽子と日焼け止め、忘れんな」
阿部さんに言われて、素直にキャップを目深に被る。
白いキャップに大きめのサングラスをかけた阿部さんは、うわっと見惚れるくらい格好良かった。
初めて歩くオーストラリアのビーチは、やっぱり日本の風景とは違う。
建物や木々の雰囲気も違うし、空気も音も空の青さも、海の青さも全部違う。風も気温も、湿度も違う。
何もかも珍しいコトばっかでキョロキョロしてたら、「転ぶぞ」って笑われた。オレ、そんな子供じゃないんだ、けど。
でも、自然な感じで手を差し伸べられ、ぎゅっと強く掴まれて。そのまま平気で歩く様子に、ああ日本じゃないんだなぁって、しみじみ思った。
阿部さんは相変わらず強引で、でも相変わらず、それをちっとも悪いと思ってないみたい。オレの手を引きながら背筋伸ばして大股で歩いて、すごく格好いい。
今はまだ、自信満々とは言えないけど、でもオレだってもうプロになるんだし。しかも、阿部さんと同じチームなんだ。頑張ろう。
いつか阿部さんと、堂々と肩を並べたい。
同じトコに立って、同じ物を見て、同じことを考えたい。
決意を込めて、掴まれた手を握り返すと、阿部さんは精悍な顔で笑ってくれた。
練習場は、地味なグラウンドだった。
球場は球場なんだけど、球場跡地って呼んだ方がふさわしいくらいさびれてる。オーストラリアって、野球人気はそんな高くないんだって。
だからこそ目立たなくていいんだ……って阿部さんは言うけど、目立たな過ぎじゃないかと思う。
でもギャラリーがいない分、トレーニングに集中できそうだった。
オレたちが着いた時、グラウンドにはすでに2人いた。ストレッチして、キャッチボールを始めてる。
自主トレは6人でやるって聞いてたけど、オレらを合わせてこれで4人だ。
「残り2人は、年明けに合流だ」
阿部さんに説明されて、「はい」とうなずく。
みんな、若手の1軍選手だ。名前は聞いてたし、勿論有名人ではあるんだけど、合うのは初めてで緊張する。
阿部さんと入念にストレッチしてると、キャッチボールを終えた2人がこっちの方に来てくれた。
簡単に紹介され、オレも名乗る。
「三橋廉、です。これからよろしくお願いします」
深々と礼をすると、「初々しいね〜」って言われた。
オレの事、ドラフト1位だったのも知っててくれたみたいで、面はゆいけど嬉しい。でも確かに「大穴」とか「1本釣り」とか報道されたし、インパクトはあったのかも。
嬉しい反面、恥ずかしくて照れ笑いをしてたら、真横からぐいっと阿部さんに肩を抱かれてドキッとした。
「初々しいし可愛いし実力もあるけど、オレのだから手ぇ出すなよ?」
真面目な声で言われて、うわーっ、と思う。
軽い冗談だろうって分かってるけど、心臓に悪い。「実力もある」なんてさり気に言われて、それにもまた、うわーって感じだった。
けど、阿部さんにとってはちっとも動揺するべきことじゃないみたい。
その後キャッチボールして、遠投の練習もしたけど、自信たっぷりな態度はずーっと変わらないままだ。
先に始めてた2人と一緒に、ボールの受け渡しをしながら走るランパスを何本かしたり、ダッシュを何本か走ったり、後ろ向きにダッシュする逆走をしたり。みんなで汗をかいて、声を掛け合って、すごく楽しい。
冬の間になまった体が、ゆっくりほぐれていく感じ。
勿論、ロードワークやウェイトトレーニングは、引退以降も続けてた。けど、1人で淡々とやる基礎練より、こっちの方が随分ハードで、でも楽しくてやりがいがあった。
さんざん走った後は、2人1組でトスバッティング。
「ペッパーやるぞ」
って言われて最初分かんなかったけど、トスバッティングっていうのは和製英語なんだって。それだと海外じゃ通用しないって言われて、成程なぁと思う。
和製英語って言ったら、キャッチボールもそうなんだって。高校でも大学でも普通に使ってたから分からなかった。
近くのオープンカフェでお昼ご飯を食べた後、午後からは投球練習もさせて貰った。
憧れの大捕手が防具を着け、マスクを被ってくのを間近で見られるなんて、感動、だ。
ドキドキしながら見守ってると、阿部さんに呼ばれた。
「三橋、手伝って」
慌てて近寄り、レガースを渡されて足元にしゃがみ込む。そしたら、ふっと顔を寄せられて、不意打ちみたいにキスされた。
「ふおっ」
2人きりじゃない、のに。
ちゅっと触れ合うだけの軽いキスだけど、ビックリして尻もちをつく。
キョドキョドと周りを見回したけど、幸いにもあとの2人は見てなかったみたいで、普通に雑談しててホッとした。
「顔真っ赤」
からかうように耳元で言われ、更に顔に血が上る。
「ほら、お陰で緊張もほぐれただろ」
キャップ越しに頭をぽんと撫でられ、「は、い」とうなずく。
憧れの大捕手とブルペンに立つ緊張は、確かにキスで吹っ切れた。阿部さんはスゴイ捕手だし、憧れだけど、オレの恋人でもあって――1番のオレの味方なんだってこと、ハッキリと思い出した。
(続く)
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