Season企画小説
聖なる夜に小さな愛を・3
クリスマスイブだからか、それとも単純に週末だからか、日が暮れてから交通量が多くなった。
道路工事は適当な時間に終わるけど、アスファルトには長方形に大穴が開いてる状態だし、交通誘導はひたすら続く。
さすがに夜中は赤色灯だけにしとくみてーだけど、交通量多い内は警備は必須だ。オレはバイトだし、まだ補助しか任されねぇけど、リーダーは大変だなと思う。
「すみませーん」と声を上げ、車の前に出て車両を止めたり。「どうぞー」って、対向車線の車を先に行かせたり。ときに罵倒されることも多い。
ただ、スゲェなとは思うけど、そんなスキルを身に着けてぇって訳でもねぇ。
もうちょっとブラックじゃなけりゃ、人間関係はそんな悪くねーんだけど……そんでもやっぱ、連日のこの状況は、ちょっとしんどかった。
30分休憩が貰えたのは、午後7時を少し回った頃だった。
冷たいおにぎりを3個貰って、歩道の縁石に座りながら、はぁー、とため息をつく。
「チキンくらいねーのかよー?」
オッサンのおどけたような文句に、はははと愛想笑いしながら、支給の晩メシにかぶりつく。
冷えきったおにぎりは、体を温める効果も薄い。かと言って、冷えきったチキンがあったって空しいのは一緒で、やってらんねーなと思った。
クリスマスイブの晩餐がコレって、ホント、何やってんだろう? せっかくあのコンビニが近いのに。
夜道を照らす白い明かり、店に入った瞬間のあの安心感を思い出す。
三橋も今頃、コンビニでバイト頑張ってんのかな?
そう思ったとき――歩道を歩いてた通行人が、オレの前で立ち止まった。
「う、あ、れ? 阿部、君?」
目の前でたどたどしく名前を呼ばれ、顔を上げる。そしたら思った通りの顔があって、予想外すぎてドキッとした。
「み、はし……」
「ば、バイト? 休憩、中?」
手に持ったおにぎりを、何となく下げて三橋から隠す。オレが買ったんじゃねーけど、他店の商品食ってるとこ、なんとなく見せたくねぇ。
けど、三橋はそれには気付かなかったみーで、オレをじっと見てふにゃっと笑った。
「は、初めて見た、けど、制服、かっ、格好いい、ねっ!」
格好いいなんて、初めて言われた。
「そうか?」
苦笑しながら自分の格好を見下ろしたけど、安全のための反射板が前にも後ろにもべたっと着いてるし、んな格好いいとは思えねぇ。
「ビル警備とかの方が、ちゃんと制服って感じするけどな」
ぼそっと言うと、三橋は「ふおお」とデカい目を見開いた。
「いい、な。見たい!」
見たいって言われたって、そう簡単に見せられるモンじゃねぇ。けど、何となく嬉しかった。
「今日も、店、来る?」
期待するように首を傾げられて、勿論「おー」と即答した。
たったそんだけの会話で、腹の底がぽかぽかと温まった気がする。やっぱコイツは、太陽みてーなヤツだなと思った。
バイト終了まで、あと3時間。
「休憩、あざーっす」
リーダーに声を掛け、定位置に着く。
嬉しくて、楽しみで、立ってるだけで顔が緩んだ。
けど、世の中やっぱ、いいことばっかじゃねーんだな。
「すみませーん、ご協力お願いしまーす」
リーダーが声を掛けながら、黒い車に一時停止の合図をした。
朝から何百回と繰り返してきた通行規制。リーダーの態度にも、手順にも、セリフにも、多分だけど落ち度はなかった。
時々舌打ちされたり、文句言われたりはあるけど、どの車もずっとこっちの合図に従ってくれてた。従ってくれんのが当たり前だと思ってた。
「なんだ、てめーら? このくそ忙しい時に呑気に工事なんかしてんじゃねーぞ、コラ」
そんなお約束みてーなセリフ吐きながら、助手席の男が降りて来るとは予想もしてなかった。
「危ない! 戻って、降りないで!」
慌てて押し留めようとするリーダー。
そのリーダーを簡単に引き倒し、男が三角コーンで囲まれた現場を覗く。
「てめぇ、工事なんかしてねーじゃねーか! さっさと穴埋めろや!」
そう言われても、住宅街で工事すんのに夜通しやる訳にいかねぇ。工事のオッサンらはとうに撤収した後で、オレらだって10時には警備終了だ。
けど、そんなこっちの都合や理屈なんて、必ずしも通るって訳じゃねーんだよな。
バイトの責任者と同じだ。こっちの意見なんか、はなから必要としてねぇ。
「くだらねぇ工事なんか、止めちまえ!」
助手席から降りた男は、大声でくだを巻きながら、長方形に掘った穴に三角コーンを蹴り入れた。
チカチカまたたく赤色ランプも、ロープのように張られた赤色チューブも、次々に蹴り落としてく。
「やめてください」
思わず制止すると、「うるせぇ」って胸倉を掴まれた。ぷんと酔ったニオイが鼻を突いて、くそっ、と思う。
酔っぱらいが、ウゼェんだよ!
「放せ!」
相手の手首をぎゅっと掴み、睨みつけると、いきなり足払いをかけられ、同時にドンと突き飛ばされた。
うわっ、と悲鳴を上げる間もなかった。すぐ後ろには重機で掘られた長方形の穴。せいぜい腰までの高さしかねぇけど、後ろ向きに倒れ込むと相当怖ぇ。
ドン、と衝撃が尾てい骨に響いて、目の前に小さな火花が散る。
「ざまーみろ」
柄の悪い捨てゼリフ。バタン、と車のドアの閉まる音。
尻から落ちたんだ、と気付いた時には、もう酔っぱらいはとうに逃げた後で――。
「阿部、もう上がれ……」
リーダーに力なく言われて、うなずくしかなかった。
(続く)
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