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Season企画小説
聖なる夜に小さな愛を・1 (2015クリスマス・大学生・阿→三)
 そのコンビニ店員に会ったのは、失意のどん底にいた冬のある夜のことだった。
 大学の同期に「人手が足りない」って頼まれた警備員のバイトが、とんでもねぇブラックで。最低賃金ギリギリのくせして休みはねぇし、立ちっぱなしだし、派遣先はコロコロ変わるし、シフト無視は当たり前って環境だった。
 フラフラのボロボロになりながら、ようやく休みをもぎ取って、出来立てのカノジョと初デートを……って思ったのに、着信拒否されて連絡も取れねぇ。
 まだキスもしてねーのに、謝ることもできずに破局して、冬の寒さが身にしみた。
 体力には結構自信あったけど、15連勤させられたらさすがに朝起きれなくなって、学業にも支障が出始める。
 このままじゃマジ進級がヤバいと思って、バイトを辞めたいって訴えると、「誰か代わりの人材を連れて来い」って言われた。
 そん時、初めて知ったんだ。オレにバイトの話を持って来た同期は、オレを身代わりにしてバイトを辞めたんだ、って。
 世の中いいことばっかりじゃねーし、善人ばっかでもねーんだな。

「大学と両立できないなら、休学しちゃえばいいんじゃない?」
 バイト先の責任者に軽い口調でそう言われ、呆然としながら安アパートに戻る、その帰り道だ。コンビニの灯りだけがパァッと明るくて、ふらふらと店内に吸い寄せられた。
 コンビニの中は、思った通り明るくて暖かかった。
 おでんのしょうゆの匂いがかすかに漂ってて、そういや冬だったんだな、と思い出す。
 特に欲しいモンはなかったけど、ふらーっとビールを1本取って、ふらーっとレジ前のおでんコーナーを覗いた。
 30分の休憩時間に支給の菓子パン食ったから、特に空腹って訳じゃねぇ。ただ、何か温かいモノを腹ん中に入れたくて、大根と卵とごぼう巻を選んだ。

「い、らっしゃいませ、ありがとう、ございます」
 レジに持ってくと、少し高めの声で、店員がたどたどしく言った。
 ビールのバーコードを通すなり、ピーッと鳴ったブザーに、びくっと肩を揺らしてる。
『年齢確認が必要な商品です……』
 聞こえて来たのは、抑揚のない機械音声。それと共に、店員が顔を上げてオレを見た。
「あ、の、身分証明書、とか……」
「はいよ」
 店員のセリフを遮って、成人の証明、写真入りの学生証を差し出す。
 オレは煙草は吸わねーけど、酒は時々こうして飲む。身分証を見せんのはそのたびに必要な事だったから、特に面倒とは思ってなかった。
 ちらっと見せれば、「はい」って言われる。たまに、「ありがとうございました」ってねぎらわれる。その程度のいつものやり取り。
 けど、この時は違ってて――。

「あっ、うおっ、誕生日なんです、ね。お、めでとうござい、ます」
 店員はそう言って、オレの顔を見てニカッと笑った。

 誕生日だと、不覚にも言われて初めて気が付いた。
 バイトバイトの毎日で、カノジョばかりかそういや友達ともすっかり疎遠になっちまって、「おめでとう」メールすら貰ってねぇ。
 時計を見ると、誕生日はあともう1時間も残ってなくて、なんかスゲーしんどくなった。
 バカみてぇだ。オレ、一体何やってんだろう? これからどうすりゃいいんだろう?

 先行きのブラックさに絶望しかけた時のことだ。
「え、えと、ささやかなお祝い、に、つまらないモノです、が、割り箸を多めに……」
 店員がこそりとそう言って、おでんの容器と共に割り箸をごそっと掴んでレジ袋に入れようとした。
「いや、いらねーよ!」
 思わずツッコむと、店員はこてんと首をかしげた。
「ええっ、じゃあ、スプーンの方、が?」
 言いながら、今度はプラの白いスプーンをごそっと掴んで、レジ袋に詰めようとしてる。
 バカだ、コイツ。そう思っても不思議じゃねぇだろう。
「いや、スプーンもいらねぇ。つーか、そういう問題じゃねぇ!」
 ビシッとツッコみ、目の前の白い額を叩くと同時に、なんかおかしくて笑えた。

 ははははは、と声を上げて笑ってから、そういやこんな風に笑うのって久々だな、と思い出す。
 店員は、いきなり笑い出したオレにビビってキョドって赤面してたけど、金払って「あんがとな」って礼を言ったら、またニカッと笑ってくれた。

 それ以来、バイトの帰りには必ずそこに寄ることにした。
 勿論シフトだってあるだろうし、毎回毎回いる訳じゃねーんだけど、平日の夜には大体会えた。
 暗い夜道を明るく照らすコンビニ。そのコンビニで働くバイトの笑顔は、太陽みてーに真っ暗なオレの心を照らしてくれる。
 こんなこと言っちまうと、少々大袈裟に感じるかも知んねーけど、でも事実だ。
 恋も失い、友情も失い、色んな信用も失って、学生って立ち位置すら怪しくなってたオレにとって、そのコンビニは貴重な癒しスポットだった。
 行けばいつも開いてるし、いつも明るいし、いつも暖かい。
 店員はいつも笑顔で、「こんばんは」って言ってくれる。恋をするには、十分な状況だった。

 最初はそれこそ、店員と客としての会話しかしなかったけど、ほとんど毎晩通う内に、雑談なんかもするようになった。
「ふ、冬にビール、寒くない、です、か?」
 とか。
「あんた、おでんはどの具が好き?」
 とか。
 同じ大学の学生だってのも、後から知った。
「オレ、最初から知ってた、よっ」
 店員――三橋は自慢げに言ってたけど、学生証見せたんだから当たり前だっつの。

 レジで会計する時だけの、短い会話。釣銭を貰う時、指先が触れ合うだけで、ガキかってくらいドキドキする。
 三橋の存在は、オレの心の拠り所だった。

(続く)

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