Season企画小説
ぬるま湯にはもう浸かれない・9
やるせない思いを抱えたまま、気が付くと最寄り駅の前まで歩いて来てた。
この間合コンに使った居酒屋の看板が目について、胸が痛む前に看板からパッと目を逸らす。
あの時一緒だった女の顔も名前も、誰1人覚えてねぇ。さっき三橋が連れ込んでた女たちが、あん時いたのかすら分かんねぇ。
ただ楽しそうだったことは確実で、オレにはそんだけで十分だった。
駅前をウロウロしても仕方ねぇ。誰か呼び出して愚痴るか。ため息つきつつケータイを取り出すと、ほぼ同時に着信が来てビックリした。
三橋からの通話で、更にビックリした。
さっきのメールの返事だろうと思うと、電話に出る勇気がねぇ。無視してポケットに入れ直し、居酒屋の向かいのコンビニに入る。
飲み会でさんざんお酌させられた、見覚えのある銘柄のビールを適当に3本掴んでレジに行くと、学生証を見せるだけですんなり買えた。
ああいう店員って、毎回バカ正直に生年月日の確認してんのかな?
今日誕生日なのは、身分証見りゃ分かるハズなのに、何の反応も見せなくて拍子抜けだ。
「ありがとうございましたー」
店員の挨拶を聞き流し、自動ドアの外に出る。
レジ袋からビールを1本取り出して、カシュッとプルトップを開け、冷えた炭酸をぐいっと飲む。
ノドから胃までが凍えるように冷たくなって、それからじんわりと、わずかに胃の底が温かくなった。これが欲しくて、みんな競うように酒をあおんのかな?
訊きたくても目の前には誰もいなくて、道路の向こうには居酒屋が見えて、くそっと思った。
誕生日の夜に、何やってんだろう?
ホントなら今頃……。
そう思うと同時に、さっきマンションで聞かされた楽しげな声を思い出し、どうしようもなかった。
ビールの残りをぐっとあおり、げふ、と口元をぬぐいながら、飲み干した空き缶を握りつぶす。
クシャッと音を立て、あっけなくつぶれた缶は、自分でやっといてナンだけどまるでヘコんだオレ自身みてーだ。腹も減ってるしペシャンコだし、みじめでバカだ。
ゴミ箱にそれを捨て入れて、もっかい真っ暗な空を見上げる。
いくら見回しても月はちっとも見えねぇ。まだ昇ってねーのか? 雲の中か? それとも今夜は新月だったか?
普段月なんか気にしてねーのに、いざ見上げた時、そこに見えねーと不安になる。自分の気持ちを自覚するまで、三橋はオレにとって多分そんな存在だった。
じゃあ、オレは……?
三橋にとって今のオレは、どんな存在なんだろう?
あんなガキの癇癪みてーなメール送っちまったけど。ちょっとは気にしてくれるかな?
コンビニのゴミ箱の横に突っ立ったまま、2本目のビールをレジ袋から取り出すと、目の前の歩道を歩く通行人と目が合った。
「あれ、阿部?」
声を掛けられて、「おー」と応えながらプルトップをカシュッと開ける。野球部の同期だ。ついでに言うと、この間の合コンにもいたヤツの1人。
「何やってんだ、お前? 三橋と一緒じゃなかったのか?」
聞きたくねぇ名前を聞かされて、イラッとする。
答える代わりに開けたてのビールをぐいっとあおると、同期の男はまだオレの方をじっと見てた。
「誕生日、祝うんだって張り切ってなかったか? ケンカでもした?」
「いや……」
ケンカはしてねぇ。
つーか、ケンカになってねぇ。ケンカになる前に逃げた。
「三橋は……」
三橋はオレなんか気にしてねーよ。喉まで出かかったセリフを、ビールと一緒に飲み下す。
「飲むか?」
残りの1本をレジ袋ごと差し出すと、そいつは「おー」と遠慮なく返事して、オレからレジ袋を受け取った。
オレと同様、1口飲んでぶるっと体を震わせてて、それを見てふふっと笑えた。
「ビールなんて、冬に外で飲むもんじゃねーだろ。オレんち行こうぜ」
冷たそうにしつつ、さらに1口あおってるとこ見ると、やっぱアルコールがじわじわと効いて来たんかな?
「そうだな、行くか」
そんで、そのまま泊めて貰おう。そう思った時――どこからかピンコーンと小さなベルの音が聞こえた。
「おっ」と言いつつ同期がケータイを取り出したから、どうやら何かの着信音だったみてーだ。画面をさっとタッチして、「あー?」と不思議そうに眉をしかめてる。
何の連絡だったのかと思ったら……。
「阿部、お前、探されてるぞ」
真顔で言われて、意味が分かんなかった。
誰に探されてんのかって訊いたら、この間の合コンメンバーにっつーから、それも意味が分かんなかった。
「なんで?」
「三橋が泣いてるって」
「はあ!?」
思わず大声を上げたけど、ウソ言ってる感じじゃねぇ。
三橋が泣いてる、って。それだって心当たりはなくて、訳分かんねぇ。飲みかけの冷たいビール片手に、呆然と立ち尽くす。
状況がイマイチ理解できねーのは、酔ってるせいか? 違うよな?
「今すぐ自分で家に帰るか、みんなに居場所を通報されるか、どっちがいい?」
「通報、って」
力なくツッコミを入れながら、片手に持ったままのビールをあおる。
三橋が泣いてるって言われりゃ、駆けつけて抱き締めて慰めてやりたくなる。けど、オレにそんな資格があるのかどうかワカンネー。
勇気もなかった。
あの女どもは、やっぱ側にいるんかな? 三橋が泣いてんなら、側にいるんだろうか?
ジリッと胸が焦げる。
笑顔が見たくて、甘えて欲しくて、キスしたくてたまんねぇ。
「……帰るわ」
短く宣言し、残りのビールを一気にあおると、冷たい炭酸にノドと胃を冷やされて震えた。
(続く)
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