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Season企画小説
ぬるま湯にはもう浸かれない・7
 買い物に行ったとか報告しつつ、三橋はその日、何も買わなかったらしい。
「オッ、レ、何も買って、ない」
 赤い顔して激しくドモって、スゲー怪しい。別に何買おうが勝手だけど、モヤッとする。
 ……女に、プレゼントでも買ってやったのか?
『2回目のデートで高価なクリスマスプレゼントを……』
 先輩から聞いた話を思い出し、チリッと胸が焦げた。
「ふーん、じゃあ、他のヤツは何買ったんだ?」
 敢えて話題をずらしてやると、三橋はホッとしたように笑った。
「あ、のねっ……」
 誰それさんは本を買ったとか、すごい大きな本屋だったとか、一緒に行った野球部の同期と野球雑誌を立ち読みしたとか、とりとめもねぇことを嬉しそうに話す。
 相変わらず何言いてぇのかワカンネー。日本語が下手っつーか、話すのが不得意っつーか、やっぱ時々はイラッとした。

 酒を1滴も飲まずに帰って来たのはよかったけど、嬉しそうににこにこしてんのはやっぱ、あんま見たくねぇ。
 男2人と女2人、4人で色々回ったって。それってダブルデートって言わねーか、と思ったけど、オレからは何も言わなかった。
 去年の今頃なら、きっとオレも歓迎したんだろう。
 「女と付き合うのはいーけど、練習おろそかにすんな」とか、「うちには絶対連れ込むなよ」とか、きっとそういう注意をするだけで済んだんだろう。
 むしろ、応援したかも知んねぇ。普段、女っ気なさ過ぎだもんな。
 胸だってきっと、痛まなかった。

 夜、三橋に酒を飲まして、酔いの恵みを期待する。
「阿部君、も、もうすぐ20歳、だね」
 にっこりと笑いながら「楽しみ、だ」って言われて、胸の奥が熱くなる。
 三橋は、オレと一緒に酒飲むのが楽しみだって言ってくれるけど、オレはそうは思わなかった。きっとこんな風に、2人で飲むことは減るだろう。
 三橋が自分の酒癖に気付かなかったように、オレだってまだ自分の酒癖を何も知らねぇ。
 説教上戸や泣き上戸ならいーけど、もし理性を忘れたら? 酔いに任せて「好きだ」って口走って、襲い掛かっちまったらどうする?
 そんな心配するくらいなら、最初から飲まねぇほうがいい。
 同居も、考え直した方がいいかもな。
 ギリギリの綱渡りをするような、緊迫した生活はゴメンだ。そんなの到底耐えられねぇ。
 三橋にはまだ何も相談できてねーけど、離れる決意は少しずつ固まりつつあった。

 やっぱ原因は、三橋の周りの環境の変化だ。
 あの合コンの翌週、三橋が誘われるままLINEを初めて以降、学内で女と談笑する三橋の姿をよく見かけた。
 中庭を楽しそうに歩いたり、ベンチに座ったり、カフェテリアで向かい合って、話しこんだりしてんのも見た。4、5人の時もあれば、2、3人の時もあって、必ずしも同じ女と一緒じゃねぇ。
 だから多分、特定の誰かと付き合ってるって感じじゃねーんだろう。
 カノジョができたら、きっと無邪気にオレに報告して来るだろうし、今はまだ違うハズだ。そう思うのに、見てらんねぇ。
 どんどん三橋が遠くなり、どんどん心が冷えて行く。
 そこへきて、今回のダブルデートだ。いや、まだダブルデートと決まった訳じゃねーけど、それ以外に思いつかねぇ。

「三橋……」
 2人きりのマンションのリビング。ラグにぺたんと座り込み、目の前で缶チューハイを傾ける三橋をじっと見る。
「んー? にゃーに?」
 三橋はとろんとした顔でにへっと笑って、締りのねぇ声で返事した。空になったアルミ缶をぐしゃっと握り潰して、次の缶を引き寄せる。
 ぷしゅっと音を立てて開けられる、何本目かの酒。
「阿部君、も、飲む?」
「いや、いらねぇ」
 即答すると、「んー」ってこくりとうなずいて、三橋がとろけるような笑みで酒の缶を口につける。
 ぐっとあおった拍子に、飲み切れなかった酒が白いノドをつうっと伝った。

「こぼしてんぞ」
 半分呆れて声を掛けても、三橋は気にしてる様子もねぇ。
 肩を抱き寄せ、そのノドに舌を這わすと、くすぐってぇのか無邪気な笑い声が響いた。
 カラン、と軽い音を立てて、飲み干されたアルミ缶が転がる。
 代わりにオレの首に腕を伸ばして、三橋がぎゅうっと抱き付いて来た。
「うわっ」
「あべくんっ」
 まき散らされる笑顔。
 許される恵み。
 向こうから寄せて来る顔を躱し、首筋を容赦なく舐め上げると、三橋が甘い声で「ふぁあん」とうめいた。

 好きだ、といつものように告げながら、酔いに染まった赤い頬にもキスをする。どちらからともなく舌を絡め合い、縋るように抱き締め合った。
 甘い唾液。舌に残るアルコール。熱く力強い腕。そして。
「んん、ああ、あうぇくん……」
 キスの合間に告げられる名前。
 今、この時、キスしてんのは確かにオレだって分かってる風なのに。なんで酔いが醒めた途端、全部忘れちまうんだろう?
 このまま、とろけた意識の中で、どこまでオレに許される?

「は……三橋……」
 名前を呼ぶと、三橋がにこにこ笑いながらオレの首に両腕をかけた。そのままぐいっと引き寄せられて、あっという間に引き倒される。
 悲鳴を上げる気にはなれなかった。押し倒したような格好で覆い被さり、犯人の顔を覗き込む。
 ラグの上にこてんと寝転がんのはいいけど、オレまで一緒に巻き込むな、っつの。
 うるんだデカい瞳、ぽうっと酔いに上気した肌、薄く開いてキスをねだる唇。どれもホントに可愛くて憎らしい。
 なあ、こんな無防備な顔、オレ以外に見せるなよ? そう思っても、約束させるような資格はなくて、どうせ記憶も残ってなくて、苦笑するしかなかった。

「もう、やめよーぜ」

 ぽつりと呟いて、柔らかな髪をかき混ぜる。
「んー? やら、あべくん……」
 分かって言ってんのか、それともちっとも分かってねーのか? むずがるようにちょっとぐずって、三橋がオレにぐいぐい縋る。
 ぽってりと濡れた唇が、オレの唇を強引に塞いだ。
 本能のままに舌を絡め、くちゅりと唾液をかき混ぜる。時々「んっ」と上がる声が、たまんなく色っぽくてそそられる。
 銀の糸を引きながら、やがて一旦キスをほどいて――。

「やめる? 野球、やっ!」
 舌足らずに文句言われて、それにもやっぱ苦く笑った。

(続く)

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あきゅろす。
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