Season企画小説 ぬるま湯にはもう浸かれない・3 運動部の2年生といえば、飲み会においては大抵裏方って決まってる。 伝統のある野球部のOB会ともなると、出席者は100人近くになるし。会場の確保、料理の予約、集金業務に先輩らへの周知と、やることは山ほどある。 当日だって、ぼうっと座ってはいらんねぇ。全員にコップや箸やお絞りがあるか、料理は十分行き渡ってるか、全てのテーブルに気を配る。 先輩やOBさんに挨拶して、自分でも適当に食いつつ宴会の管理だ。空き瓶は下げ、空いた皿も下げ、追加があれば店員を呼んで注文する。1年生に指示を飛ばし、自分も動く。 たまにOBさんら上の人に掴まって、昔はどうだとか、今はぬるいとか、色々説教食らうこともあるけど、そういうのも含めて接待だし。役目の1つだと思ってた。 けど――。 「三橋、お前20歳越えたんだろ。飲め、飲め」 そんな声が聞こえた時は、さすがにギョッとした。 「い、いえっ、お、オレ、お酒、は……」 慌てたように遠慮する三橋。構わず「いーから飲め」と命じるOBのオッサン。 勿論、周りにいた3年の先輩もフォローしてくれようとしたけど、野球部ってのは完全な縦社会だ。 「なんだ、オレの酒が飲めねぇのか?」 と、こう言われたら最低でも1杯は飲まねぇと逃げらんねぇ。 しかも三橋は、そこそこ強い。ただ、酒癖がワリーだけで……でもそれが、オレにとっては問題だった。 5月のあの夜から週に1、2度くらいの割合で、ずっと三橋に酒を飲ませて来たけど、三橋の酔い方に変化はなかった。 毎回繰り返される甘え癖。 伸ばされる腕に近付くと、甘いニオイと緩んだ笑みの中に囚われる。 「あべくん、あべくん、来て」 舌足らずに言われる度にあおられて、それを抑えんのに毎度毎度苦労する。 三橋にどんどん溺れてく。 引き剥がすと「やぁん」とぐずり、抱き締めると「ふにゃぁ」と甘えてしなだれかかる。更に飲ませると、あちこちに唇を押し当てて来て、やがて深いキスになる。 あの姿を、オレ以外の誰にも見せたくなかった。 「阿部ぇ、こっちチューハイライムと、チューハイカルピス」 先輩らの注文にうなずき、座敷から顔を出して、店員を「すみませーん」と呼び止める。裏方の仕事に終わりはねぇ。 一方の三橋は、酔っぱらいに囲まれてた。 「おおっ、イケル口じゃん」 「なんだ弱いのかと思った。もっと飲め」 事情を知らねぇOBさんらが、次々に三橋のコップを満たす。 お愛想で口付けるだけにして、さっさとテーブルに置きゃあいいのに。バカ正直に飲み干すから、また新しくビールが注がれる。エンドレスだ。 最初は恐縮してた三橋が、やがてへらっと笑みを浮かべて……それを見て、ヤベェと思った。 「三橋、そろそろやめとけ」 ビールの空き瓶を左右に4本ずつ持ちながら、そっと側に寄って声をかける。 店員に瓶を渡し、また近付いてそっとコップを取り上げると、三橋が「あぁん」と甘えた声で抗議した。 「やぁ、飲む」 って。もう十分飲んだろ、っつの。 「お前、いい加減にしろよ」 わざと怒った声で言っても、酔った三橋には通用しねぇ。 「やーだ、いい加減、しない、もん」 ぷうっとむくれて見せたかと思うと、側にいた先輩にネコみてーにすり寄ってる。 何だ、それ? 誰でもいいのか? グサッ? ムカッ? この衝動を、どう表せばいいんだろう? 「いいから、来い!」 腕を引いて立ち上がらせようとすると、逆に手首を捕まれて、引っ張られた。 「わっ!」 不覚にも、悲鳴を上げて倒れ込む。料理の乗ったテーブルを引っかけ、ガシャンと重なった食器が鳴った。 酔っぱらいの力はハンパねぇ。遠慮もねぇから始末に負えねぇ。 「てめぇ……」 起き上がりながら睨みつけると、三橋はへらへら笑いながら、オレの首に腕を伸ばして――。 あっ、と思う間もなかった。 いつものように唇を重ねられ、ぎゅうっとしがみつかれて息が止まる。 「おおーっ! いったーっ!」 「ひゅーっ! キス魔炸裂ーっ!」 先輩らが囃し立て、OBさんらがゲラゲラ笑い、周りで無数のフラッシュが光った。 ギョッとしたけど、動けねぇ。 努めて菩薩みてーな顔を装い、どうすりゃいいか考えた。 ディープなキスはしなかった。固く閉じたオレの唇を、ぺろぺろと犬みてーに三橋の舌が舐め上げる。 「んんー、んふー、ふぁべくん、あべくん……」 オレの名を呼ぶ甘い声。 引き剥がそうにも、がっちりと抱きつかれて離れねぇ。大人しく、写真を撮られるしかなかった。 他の誰かに抱きつくより、オレに抱きついてくれただけマシだろう。 これは、日頃の特訓の成果かな? じわっと体温が上がり、下半身に熱がこもる。 いつもの習慣で、ついキスに応えたくなるのを意志の力で抑え込む。 何も言わなけりゃ、ずっとバレねぇと思ってた。 卒業までの2年半、誤魔化しきれると思ってた。このまま、変わらねェでいるのがお互いのためだと思ってた。 三橋の目に、オレらのキス写真が晒されたのは、OB会の翌日の昼。 「うお……これ……っ」 顔面蒼白で絶句する三橋の反応は、正直、かなりショックだった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |