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Season企画小説
ぬるま湯にはもう浸かれない・2
 三橋を連れて来たのは、3年の先輩ら3人だった。
「ほら三橋、着いたぞ」
 背負ってた先輩が玄関先で下ろそうとしたけど、三橋の方が離れねぇ。
「やぁ」
 って。甘えた声出して、ネコみてーにすり寄ってて、ビックリし過ぎて頭が真っ白になっちまった。
 先輩らはもう慣れたのか、疲れたように笑ってるだけだ。
「『やぁ』じゃねーよ、コラ」
「三橋、阿部君だぞ、阿部君。目ェ開けろ」
「阿部、三橋のベッドどこだ?」
 先輩に肩をポンと叩かれて、ようやくハッと我に返る。
「あ、こ、こっちです」

 慌てて三橋の部屋に案内すると、先輩らはそのベッドにドサッと三橋を乱暴に落とした。
「ワリーけど阿部、コイツ一晩見てやってくれよ?」
「1回吐いたから、もう大丈夫だと思うけど。寝てる時に吐いて、気管に詰まるとヤベェからな」
 言われて初めてヤバさに気付き、「はい」と神妙に返事する。
 こんなになるまで飲ませんな、と思ったけど、先輩らに文句言っても仕方ねぇ。
 「二日酔いグッズ」と称して、黒ゴミ袋と新聞紙、スポドリのペットボトルと胃薬を渡され、戸惑いながら受け取った。
「任せて大丈夫か? オレ、残ろうか?」
 先輩の1人に言われ、「いえ」と首を振る。
 まだちょっと頭がついていけてなかったけど、今はとにかく出てって欲しい。考える時間が欲しかった。

「三橋に酒、飲ませちゃダメだな」
「ははは、いや、面白いんじゃねぇ?」
「オレらならいーけど、女子にやったらシャレなんねーぞ」
 オレのショックをよそに、先輩らはおかしそうにケラケラ笑ってる。
 酔った三橋が何かしたらしいのは分かったけど、詳しくは訊けなかったし、何か訊くのが怖かった。
「じゃあ、任せたぞ、阿部。あと、猛獣注意だ。襲われんなよ」
「猛獣……?」
 先輩らの言葉を疑問に思いつつ、玄関まで見送る。
 キョドリがちで遠慮がちで、何かっつーといつもビクつく小動物みてーな三橋の、一体どこが猛獣なんだ? 「襲われんな」って!?

「意味ワカンネー」
 しんと静まった玄関で、ぽつりと呟く。
 ショックがゆっくり収まって、代わりにモヤモヤとイライラが募った。はあ、とため息をつき、三橋の部屋の中に戻る。
 三橋は明かりを消した部屋ん中で、ベッドにぐったり横たわってる。起きてんのか寝てんのか、それすらよく分かんなかった。
「三橋」
 そっと声を掛けると、「にゅう?」とヘンテコな言い方で返事された。
「起きてんのか? どんだけ飲んだ?」
「んん、んにゅー……」
 妙な唸り声を上げながら、三橋がネコみてーに伸びをする。

「あべくん……」
 呼ばれて顔を見つめると、三橋はデカい目を薄暗がりん中で見開いて、ぱちりと閉じた。
 甘えるように手を伸ばされて、無防備に近付く。
 「襲われんな」って先輩の言葉の意味を知ったのは、次の瞬間だった。
「にゃあんっ!」
 奇声と共に抱き付かれ、首に腕を回される。
 むわっとアルデヒド臭が鼻をつき、うわっと身を引いたけど、逃げらんねぇ。
「おいっ、みは……」

 みはし、と名前を呼ぶつもりが呼べなかった。唇を柔らかな唇で塞がれ、声も呼吸も封じられる。

 何だ、これ?
「んんーん」
 甘えたような声を上げつつ、ちゅうっと吸い付いて来る三橋。
 口ん中を熱い舌で掻き回され、アセトアルデヒドの混じった、甘くすえたニオイを嗅がされる。
 抵抗も何もできなかった。
 理解もできなかった。何だ、これ? 猛獣? 猛獣注意って、これか?
「や、めろ」
 遅ればせながら引き剥がすと、「やぁん」と言われた。「やぁん」じゃねーっつの。更に抱き付いて来る腕をよけて、口元をこぶしでぬぐう。

 ファーストキスに憧れとか別になかったけど、初めてが酔っぱらいってのは予想外過ぎだ。勘弁して欲しい。しかも三橋、って。
 顔がじわっと熱くなる。
 逆に、腹の奥は冷たくなって、ぞわぞわと鳥肌が立った。
 気持ち悪くてそうなった訳じゃねぇ。むしろ、その逆で――宴会で、先輩らと何があったのか、悟らずにはいらんなくてゾッとした。


 今まで、ただのチームメイト、ただの相棒、優秀な投手としてしか見てなかった三橋を、別の意味で意識し始めたのはそれからだ。
 翌日先輩らから話を聴くと、どうもみんな三橋からは、頬とか首とかにしかキスされてねぇってのが分かった。
 それ聞いてホッとした時点で、もう自分の気持ちに気付かねぇではいらんなかった。
 三橋が好きだ。
 けど、それを三橋に言うつもりはなかった。
 どうせ、卒業するまでの期間限定の同居だ。この奇妙な初恋に、卒業するまで浸るだけ浸って満足したら、きっと忘れられる。
 だから――。
 酔ったらキス魔だってことを先輩らに暴露された後も、あのキスのことを三橋には絶対教えなかった。

 三橋に酔った時の記憶はねぇらしい。
 酒にはまあまあ強い方で、ある程度酔うと、ネコみてーに甘え出すそうだ。
 酔った時は本性が出るとか、日頃抑えてた欲望が出るとか聞いたことあるけど、だとすると三橋は日頃、甘えんのを我慢してんのか?
「んー、ねー、あべくんーん」
 2人きりで同居するマンション、そのリビングのラグの上にぺたんと座り込んだ三橋が、甘えるように寄って来る。
 酒乱だ、猛獣だ、と、先輩らにさんざんからかわれたのが効いたんだろう。「酒に慣れようぜ」と、2人きりの特訓を提案すると、三橋は何も疑わずうなずいた。
「ふわぁ、ううん、暑いぃ」
 むずがるようにシャツを脱ごうとするのを、「脱ぐな」って抱き止める。
「やぁだ、やぁん」
 甘えた声、酔っぱらい特有のニオイ、いつもより高い体温。

 じわっと胸が熱くなるのを抑え込み、酔った三橋を「はいはい」といなす。
 甘え上戸がキス魔になんのは、もうじきで。
 そん時の記憶が三橋に残らねぇのも、とうに確認済みだった。

(続く)

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