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Season企画小説
托卵・後編
 阿部が三橋と別れてから、割とすぐに、オレは三橋に告白した。答えは勿論Noだ。
「ゴメン、オレ、今は……」
 困ったように眉を下げ、言葉を詰まらせた三橋の頭を、いつもの調子でガシガシ撫でる。
「分かってる、急がねーよ。けど、ちょっとずつでも考えてくれ」
 三橋は済まなそうな顔で、それでもこくんとうなずいてくれた。
 返事は言う前から分かってたから、気にしなかったし気まずさもなかった。元々言うつもりなんてなかったし、失恋のショックだって今更だった。
 それでも敢えて口にしたのは、三橋に虫を寄せ付けねぇためだ。
 打算ずくの告白。
 律儀な三橋のことだ。こう言っとけば、きっと他の誰かよりオレを1番に考える。
 阿部が去ってぽっかり空いた心の穴に、他の誰も入れねーで欲しい。他の誰かを心ん中に住まわす前に、オレの告白を思い出して、思いとどまってくれたらいい。
 これからプロの道に進む三橋には、色んな出会いがあるだろう。けど、どんな女にもどんな男にも、簡単に心を許さねーで欲しかった。
 
 それがエゴなんだってのは分かってる。勝手な理想を押し付けてるだけだ、って。
 けど、どうしても譲れなかった。
 三橋がオレになびくとは、残念だけど期待してなかった。
 オレは、阿部にはかなわねぇ。思いの強さも、覚悟も、未来も。だから、ヤツの不在の間になり替わろうなんて思ってなかった。
 ただ、託された金の卵を大事にしたくて――。
 オレが側にいるから。心の奥で、密かに誓うしかできなかった。

 三橋は、阿部と別れた直後こそ野球に必死になってたけど、1年2年と経つうちに、ゆっくりと落ち着いてった。
 2軍でも勝ったり負けたりはしてたけど、故障もなかったし、大スランプに陥るって事態にもなんなかった。周りに恵まれたってのも大きいだろう。
 自己管理も自分できちっとやったし、激しかった人見知りも克服したらしい。
「ふぁ、ファンの人に、差し入れ貰ったんだ、よっ」
「今度、こども野球教室、参加する、んだ」
「この間、怖かった先輩に、トレーニング誘われた」
 そんな日常の些細なことを、会って話して聞かされる度に、愛しさがこみ上げて仕方なかった。
「1軍で投げるチャンス、貰った、よっ!」
 嬉しそうな声で報告してくれた夜は、ちょっと高い酒を奢ったりもした。

 いつもずっと側にいた。
 休みが重なる日は必ず会いに行ったし、メールや電話も頻繁にした。
 いつもオレとばっかじゃ気詰まりだといけねーと思って、時々田島や浜田にも声かけた。花井や栄口を誘うこともあった。
 三橋にとってオレは、親友の1人だ。
 打算ずくの告白の後も、態度はちっとも変わんねぇ。けど、オレだって無理矢理奪いてぇ訳じゃなかったし、隣にいられるならそれでよかった。

 大学4年間の内に何度か告白されたけど、三橋以上に心を持ってかれる相手はいなかった。合コンだって1度も参加しなかった。
 三橋に、そういうアプローチがあったかどうかは知らねぇ。
 優しいヤツだし、礼儀正しいし、顔だって悪くねーし、頑張り屋だし。三橋のそういうイイトコ、見てくれる人間は多いと思う。
 けど、オレが知る限りでは、三橋に阿部以上の誰かの影はなかった。
 オレの立候補が、多少は効いてたんなら嬉しい。
 1度フラれて以来、2度目の告白はしてなかったけど、やっぱ何年経っても好きだって想いは変わんなかった。
 三橋は、誰よりも未来を信じる男から、大事そうに託された卵。
 阿部が何を考えて自分の元を去ったのか、卵本人は知らねぇ。どっちにとっても残酷な託卵。

『6年だ。それ以上は待たさねぇ』
 高3の冬、ファミレスで聞かされた誓いは、まだオレの胸の中にある。
 阿部がアメリカで一体何をしてんのか? それは、「阿部隆也 ATC」でWeb検索すると、知ることができた。
 これを知ってんのは多分、オレだけだろう。
 偶然見つけた、留学生たちの体験ブログ。その中に阿部の書いたらしい記事もあった。
――国際アスレチックトレーナーへの挑戦――
 そんなタイトルで始まる記事は、写真付きで。向こうの大学の専門科に学び、大学のアメフト部や野球部、ソフトボール部とかで着実にトレーナー経験を積み上げる、研修生活が書かれてた。
 にこっともしてねぇスナップ写真。
 学生選手たちにマッサージをしてる姿、テーピングを巻いてる姿、書類チェックをしてる姿。そのどれもが真剣で、羨望と戦慄にぞくっとした。

 アメリカ公認の、アスレチックトレーナー。向こうの専門の大学で4年間学び、卒業しねーと、その資格試験を受けることもできねぇらしい。
 入学自体競争率が激しくて、卒業すんのも大変なら資格を取んのも大変だ、って。ちょっとネットで調べるだけで、どんだけ難しいモンに阿部が挑戦してんのか分かる。
 退路を断って。甘えを捨てて。最愛の恋人を日本に残して挑戦するその資格は、全部三橋のためのものだ。
 いつか1流選手になるに違いねぇ、「プロ三橋」を最大限に支えるため。
 国内は勿論、ワールドカップでもメジャーでも、三橋の行くとこどこにでも付いてって、側で護るため。
 世界最高峰って言われるトレーナー資格を取るために、阿部は渡米を覚悟した。それが高3の時だっつーんだから、恐れ入る。
 誕生日に呼び出されたの、怒る気も失せた。


 あの衝撃の冬の日から6年。
 少し長めの下積みを経て、体を作り、球速を上げ、球種を更に増やした三橋は、堂々と1軍で先発の一角を担ってる。
 11月末の今は、秋季キャンプの日程を終え、少しのんびりと過ごしてるみてーだ。
「冬トレ、どうする?」
「オレ、ハワイ」
 田島とそんな会話を交わしながら、オレや浜田とつるんで遊んで。相変わらず、そこに恋人らしい影はねぇ。
 オレの誕生日にかこつけた飲み会。ケーキ食って、ビール飲んで、レンタルDVDをぼうっと見て、男4人でだらだら喋る。
「三橋も一緒にハワイ行かねぇ?」
 と、田島が誘いをかけた時、見計らったようなタイミングで、オレのケータイが鳴った。

――今、成田。三橋は?――

 そんな傲慢な短いメールに、抑えきれねぇ笑みを刻む。
「三橋、冬の予定、まだ入れんなよ」
 忠告は三橋のため。詳細を教えねぇのは、ささやかな復讐と嫌がらせのためだ。
 誰にも見せずにメールを閉じ、ケータイをさっさとポケットにしまう。誰がこれ以上協力するか。謝罪も言い訳もプロポーズも、自分1人でやれっつの。
 託された卵から孵った雛は、とうに空へ飛び立った。
 それをどう導くかは、オレにはできない役割だけど。6年間ずっと占拠した信頼を、簡単に譲ってやるつもりはなかった。

   (終)

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