Season企画小説
托卵・前編 (2015泉誕・原作沿い高3・アベミハ←泉)
阿部にファミレスに呼び出されたのは、11月29日、2学期の期末試験を直前に控えた週末のことだった。
高3の期末っつったら、進路の最終決定にも使われる重要な試験だ。
なのに、こんな時期に「話がある」って、バカじゃねーのかと思った。
オレはてめぇの恋人じゃねーっつの。
呼び出された先が、オレんちのすぐ近所だったから、気分転換がてらバカの顔見に行くことにはしたけど、そうじゃなかったら断ってた。
阿部の家はかなり遠かったと思うのに、この時期にわざわざ来るなんて、どんな用事だ? つーか、随分余裕だよな?
小憎らしい垂れ目と余裕の態度を思い出し、ムカッとしてモヤッとする。
三橋の心を独占してる。そんだけでヤツは、オレに嫌われて当然だった。
三橋は、オレや阿部が入ってた野球部の元・エースで、オレの親友の1人だった。
もう1人の親友・田島と共に、先月のドラフト会議で下位ながら指名を貰い、春からはプロ選手の1員となる。「努力を苦に思わねぇ」っていう、希有な才能の持ち主だ。
あまりの投球中毒ぶりから、周りから故障を心配されたりもしたし、試合中に調子を崩したこともある。けど、そのたびにバッテリーを組んでた阿部と乗り越えて――。
色々と乗り越えて恋人になったんだってことを、つい先日、三橋の口から聞かされた。
「オレがプロになれたのも、阿部君のお陰、なんだ」
ドラフト指名の祝賀会で、幸せそうに打ち明けられたの覚えてる。蕩けるような笑みを浮かべて、あのデカい目を潤ませて。
「阿部君が、『お前ならやれる』って言ってくれたから、オレ、プロ志望届け、出したんだ、よっ」
って。
それ聞いて、すげーショックだった。
なんで阿部なんだ? なんでオレじゃねーんだろう?
親友の1人として、側にいたのに。阿部よりも懐かれてる自信があったのに。
……オレの方が、大事にしてやれるのに。
オレはずっと、高1の頃からずっと、三橋のことが好きだった。
好きだったから側にいたし、好きだったから親友に甘んじた。告白なんて考えもしなかった。三橋がドラフトで指名を貰った時だって、心から喜んだし、応援した。
けどやっぱ、田島と三橋とじゃ感じ方が違う。
田島に対しては悔しさがあるけど、三橋に対してそれはねぇ。あるのはただ渇望で――。遠くに行っちまうんだな、と、ほろ苦い感傷に襲われた。
そんなだから、阿部との仲をこっそり打ち明けられた時、どんだけショックだったか分かるだろう。
その阿部が、オレに一体何の話だ?
『今、ファミレスにいるから』
ケータイ越しに告げられて、青筋立てながら「はあ!?」とキツく言い返す。
わざわざ来てくれた、なんて感謝の気持ちは沸いて来ねぇ。むしろ、自分のテリトリーまで侵されたような気になって、不快だった。
ファミレスまで小走りで行くと、阿部の姿はすぐに分かった。
「よお」
軽く手を挙げられ、睨みつけながらテーブルに寄る。阿部はテーブルいっぱいに、教材や筆記用具を広げてた。
英語か、とパッと見て、あれっと思う。
「……何やってんだ?」
広げてる教材は、どう見てもテスト範囲じゃなかった。「TOEIC模試500問」って。そりゃ、入試に採用してるとこもあるとは聞いたけど、期末の直前にやることじゃねーだろ。
成績上位なのは知ってたけど、どんだけ余裕なんだ?
「お前、一般入試組だよな……?」
正面にドカッと座りながら訊くと、阿部はそれらをテキパキ片付けながら、「いや」と短く否定した。
そんで、言ったんだ。
「受験はしねぇ。来年の夏に渡米して、アメリカの大学受けるつもりだ」
だからTOEICか、と納得すると同時に、いくつもの疑問が沸き上がる。
「なんで突然……? なんでアメリカ? ……三橋はどうすんだよ!?」
口調を強めたオレに、阿部は余裕の顔を崩さなかった。
「奢ってやっから、ケーキでも頼めよ。誕生日だろ?」
って。そういう問題じゃねぇっつの。
「三橋は知ってんのか?」
当然の疑問に「いや」と答えて、阿部がオレと目を合わす。
「アイツには伝えねぇ。オレは見かけ上、黙って身を引くことになる」
「見かけ上?」
意味が分かんなかった。
「身を引くつもりはねぇ」
キッパリ言われても、ますます理解できねぇ。身を引くつもりがねーんなら、なんで離れようとする? なんで渡米? なんで三橋に言わねーんだ?
阿部が勝手に店員を呼び、勝手にコーヒーとケーキセットを頼んだ。ケーキなんて甘ったるいモン、食うような気分じゃねーっつの。
誕生日だって知ってんなら、こんな日にそんな爆弾落としに来んなよな。期末直前なのに、どうすんだ?
テーブルにヒジを突き、頭を抱えると、「三橋を頼む」ってぼそっと言われた。
「側についててやってくれ」
冗談じゃねぇと思うのに、とっさに反論できなかった。
まさか、オレの気持ち知ってて……? 訊きてぇけど、怖くて訊けねぇ。恋人に惚れてる男に、恋人のこと任せるって。どんな度量だっつの。阿部らしくねぇだろ?
「アイツがプロとして大成するには、オレみてーな捕手が近くにいちゃダメなんだよ。力が出せなくて辛い時、チームの為にドライに動く捕手じゃなくて、自分のことだけ見てくれる捕手を、無意識だろうと求めちゃダメだ。退路を断たねーと……」
消えた語尾は、阿部がまだ迷ってる証拠にも思えた。
背中を押して欲しがってんのか? だとしたら、迷惑な話だ。こんな形で託されたって、嬉しくねぇ。
「三橋はそんな、弱くねーぞ」
じろっと睨みつけると、阿部はオレから目を逸らして、「分かってる」って小声で言った。
「退路を断ちてぇのは、オレの方かもな」
自嘲するように片頬を歪めて、阿部がふっと力なく笑う。
何のために、そんなにしてまで渡米しようとしてんのか。オレがそれを聞かされたのは、阿部の頼んだチョコケーキが目の前に運ばれてからだった。
(続く)
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