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Season企画小説
串カツの日・後編
 手作りの串カツはスゲー美味かった。
 こんなに大量の串、どうしたのかと思ったら、普通にスーパーに売ってるらしい。そんなこと、三橋に言われるまで知らなかった。
 ぼーっとしてるように見えて、実は色んなことをよく知ってる。そういうとこ、相変わらずだ。
 ウズラも美味い。魚肉ソーセージも、ちくわも美味い。女子に教えて貰ったっつーベビーチーズの肉巻きカツなんか、スゲー美味い。
 アスパラやブロッコリー、カボチャにレンコンなんかもあって、勿論野菜もたっぷりだ。
 箸休めにって浅漬けまで用意してて、こういうとこ、食い意地の張ってるコイツらしいなと思った。
「ごはんもいっぱい食べてねっ」
 って。メシよそってくれたのが汁椀だってのはご愛敬だったけど、一人暮らしなら仕方ねーよな。
 つーかむしろ、三橋のと揃いのピンクの茶碗なんかで出されたら、そっちの方がヘコみそうだ。

「餅を揚げても美味そうだよな」
 豚肉とししとうのカツを油から引き上げて、皿に置く。
 ソースに飽きたら味ポンも美味い。1口齧ると肉汁がじゅわっと浸みて、ししとうの苦さとスゲー合う。
「うおっ、餅かっ! 美味そう!」
 オレの言葉に、三橋がデカい目を見開いた。
 にっこにっこ笑ってて、スゲー可愛い。ビールのせいかほんのりピンクの顔して、それも可愛い。
「今度は餅、買おう」
 それに「おー」とうなずきながら、次のカツを物色するフリして目を逸らす。
 今度って、またオレと? 気になったけど、何か図々しいようにも思えて、ズバッと訊くのが気恥ずかしい。
 飲み終わったビールの空き缶を、ぐしゃっと片手で握り潰してて、その大胆さにドキッとする。

「コンロも、買おう、かな」
 ぼそっと呟く三橋を、ちらっと見る。
 気にしねーようにって思うのに、昨日の光景を思い出すと、胸やけがムカムカぶり返す。
 昨日話してた女子の中に、失恋の相手っていたんだろうか?
 逆にあいつらの中に、三橋に惚れてるヤツもいるんじゃねーのかな? 例えば……みんなに「優しい」って言われてた、コンロ貸してくれた女とか。
 胸が焼ける。モヤモヤする。
 自分だって合コン行ってるくせに、三橋が女子と仲良くすんのは面白くねーなんて、我ながら勝手だ。
 けど、面白くねーんだから仕方ねぇ。
 野球だけやってりゃいいのに。男の輪の中にだけいればいーのに。
 わざわざ女子に訊いて回んなくたって、オレに相談してくれりゃ……まあ、レシピなんかはさっぱりワカンネーけど、どんなカツが美味いかとか、そんくらいなら言えるし。それじゃダメなのか?

 モヤモヤを振り払うように、新しい串カツを油ん中に放り込むと、バチッと音がして油が跳ねた。
「うわっ」
 とっさに避けたから痛みも何もなかったけど、ビビった。
 もっとビビったらしいのは三橋だ。「うおっ」って目ェ向いて、オレの右手をぐっと掴んで、手と油とオレの顔とに激しく視線を揺らしてる。
「阿部君っ、手っ」
 って。ぎゅっと掴まれた手首が熱い。
「いや、平気。どこも痛くねーよ」
 安心させようとして頭をポンと叩いてやると、上目遣いで覗き込まれた。デカい目に照明の灯りが映り込み、きらきらと光ってる。

「ほ、ホント? ヤケドしてない?」
 不安顔で訊いて来る様子が、スゲー可愛い。
 心配されてんのが嬉しいのか、それとも可愛いのが嬉しいのか? じわっと胸が熱くなって、自然に頬が笑みに緩む。
「大丈夫だって。それより、お前の方こそ気ィつけろよ。もう右手使うな。つーか、残り全部オレがやる」
 照れ隠しに早口でせかせか言い募ると、三橋はじっとオレを見て、それからゆっくり赤面した。
「オレ、平気、だよ」
 そう言いつつ、オレの手首からそろそろと手を放す三橋が可愛い。
 自由になった手首が、急に物足りなくなって、自分でも訳分かんなくてチクショーと思った。
 目の前のコイツを抱き締めてぇと思うのは、なんでだろう?

 皿に山盛りになってた串カツは、食って食ってくいまくってる間にどんどん減って、とうとう残り10本を切った。さっき投入したカツを引き上げ、別の串カツを慎重に入れると、じゅうっと油の音が立つ。
 三橋がメシのお代わりをよそって、それからオレの横にとすんと座った。
 気のせいか、さっきよりも距離が近ぇ。
『距離が縮まるよ』
 昨日漏れ聞いた女子の言葉がよみがえる。
 カシッ、と音を立てて2本目のビールを開け、ぐっとそれをあおる三橋。
「飲み過ぎんなよ」
 この前と同じセリフを口にすると、三橋が「んー」と緩く笑った。

「阿部君、こそ、よそ見はダメ、だ」
「ヤケドはしねーって」
 ははっと笑いつつ、三橋の言葉に素直に従い、天ぷら鍋に視線を戻す。
「残り10本切ったぞ」
「おおっ、いっぱい食べたねっ」
 和やかに会話しつつ緊張すんのは、三橋がじっとこっちを見てるからだろうか?
 串カツとメシとを食いながら、合間にぐいぐいビールあおって。無防備にふわっとあくびなんかしてて、スゲー可愛い。
 酔いに濡れたデカい目がオレを見る。
 最後のカツを揚げ終わり、コンロの火を止めてカセットを外すと、同時に三橋もビールを飲み終わったらしい。ぐしゃっとアルミ缶を握り潰す音がした。

「後片付けは、後でいい、よー」
 締りのねぇ口調で言って、三橋がくてんとオレにもたれる。
「おい……」
 文句を言いかけてとっさに黙ったのは、何て言えばいいか分かんなくなったからだ。
「……酔ったのか?」
 静かに訊くと、やや置いて、「んー?」とあどけない声が聞こえた。
 酔ってんのか、眠いのか、それともまるっきりシラフなのか、頭ん中がぐるぐるし過ぎて判断つかねぇ。
 ためらいながら肩を抱くと、三橋が熱い息を吐いた。

「阿部君……好きだ」

 先週と同じセリフに、心臓が砕かれる。
 「……串カツ」と、どうせまた続くんだろ? そう思うのにドキドキして、息をすんのも忘れて次のセリフを待った。
 けど、三橋はそれっきり何も言わず――。

 すぅー、ぷしゅー。やがて聞こえてきた寝息に、くそっと思って目を閉じた。

   (終)

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