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Season企画小説
野球の日 (2015野球の日・原作沿い高3・甲子園・両片思い)
 高3、高校生3度目の夏。オレたちはようやく甲子園の土を踏んだ。
 8月9日13時開始の第3試合、相手は北陸の古豪で、応援団もかなり多い。甲子園初出場のオレたちには知名度もあんまなくて、取材の数も段違いだった。
 公立で初出場のオレらなんか、世間では眼中にねーようで、「どんくらい頑張れるか」みたいなのが、楽しみだとも言われてる。
 けど、そんなの気にしてるヤツは、オレらん中にはいねぇ。
「ビビってる子はいないね?」
 試合前にモモカンも、オレらの顔を見回して、いつも通りのゲキを飛ばした。
「優勝するんだから。1回戦なんかでつまずいてられないよ!」
 女監督の声に、一斉に「はいっ」と返事する。オレの隣で声を張り上げる三橋も、エース然としてて頼もしかった。

 ビビってるヤツなんかいねぇ。つまずきそうなヤツもいねぇ。むしろ準備は万端で、バッターの癖も、バッテリーのリードの癖も、全部解析して把握済みだ。
 オレもみんなも、頭に入れてきた対策を早く確かめたくて、ワクワクしてる。そして三橋も。
「みんなと一緒、なら、勝てる!」
 自信に満ちた顔でそう言ってて、嬉しそうに笑ってる。
 入学した直後ぐらいの、くよくよウジウジの影もねぇ。体の成長とともに心もぐんと成長して、頼もしくて格好いい。
 「オレなんか」なんて自分を卑下しない、今の三橋がすげー好きだ。
 こいつにポジティブを植え付けたのがオレじゃねぇってのは気に食わねーけど、それでも感謝せずにはいらんなかった。
 緊張なんてまるで縁のなさそうな、投げること第一って精神も好きだ。
「緊張はいつもする、よ?」
 前にこそっとそう言ってたけど、緊張の種類や意味が違う気がする。
 けど、「緊張なんかしない」って豪語してるより、三橋には謙虚な態度の方が似合ってた。

 昨日、バッテリーミーティングと称して2人きりで話し合いした時も、三橋は「緊張する」といいつつ自然体だった。
「8月9日、って、野球の日なんだ、って。泉君が言ってた」
 相手校の試合のビデオ見ながら、そんなことをぽつっと言い出す三橋には、緊張なんて言葉、似合そうにない。
「野球の日に、最高の場所で野球できる、の、スゴイ、ねっ!」
 にかっと向けられた笑顔がすげー眩しくて、やっぱ好きだなと改めて思った。
 高1の群馬合宿、緊張のせいで寝らんなくて、ぐでーっとしてたヤツとは別人みてーだ。
 目をらんらんと光らせて、4万7千の観客の熱気を肌で感じ、上気した顔で身震いしてる三橋を見ると、こっちまでテンション上がってくる。

「今日も暑ィな」
 甲子園のグラウンドの上に広がるのは、雲1つない青空。それを見上げて、真夏の日差しに顔をしかめると、真横で三橋がにへっと笑った。
「夏だ、ねっ」
「あー」
 相変わらずの受け答えに苦笑してると、ぼそりと言われた。
「最後の夏だ」
 真顔で言われ、ドキッと心臓が跳ねる。
 最後の夏、って。静かに覚悟決めたような言葉に、オレは不覚にも息を呑んだ。

 普段へらっとしてるくせに、こんな風に不意打ちで人のコト誘うなんて、どうかしてる。どんだけオレを好きにさせればいいんだろう?
 このエースに恋をして2年。
 誰にも、本人にもこんな思いは悟らせてねーけど、こんな時はつい「好きだ」つって抱き締めて、夢中で告白しちまいそうで怖い。
 冷静に、冷静に……と呪文みてーに唱えてねーと、ふとした拍子に伝えたくなる。
 恋愛のコト考えんのは、引退した後だ。
 告白だって、甲子園優勝しねーと始まんねぇ。
 もし優勝できなきゃ、一生この思いは秘めていく。そんくらいの覚悟で試合に臨む。
 まず――1勝。

「……おし、行くぞ」
 キャップの上から頭をポンと叩いてやると、三橋が「うんっ」と弾んだ声で自分のグローブを手に取った。
「早く投げ、たい」
 デカい目を見開き、まっすぐにマウンドを見つめるエース。そのエースの、最高の投球のために、最高のリードを。
 三橋を最大限生かしてやれんのはこのオレだ。
 今はもう、三橋はオレだけにリードを頼んねーし、相談するし、首だって振る。けど、だからってオレが用無しになるって訳じゃなかった。
「付き合うよ、どこまでも」
 オレの言葉に、三橋はこくりとうなずいた。

 クルマで整備されたグラウンドを駆けてると、横に並んだ三橋に、「阿部君っ」と弾んだ声で呼ばれた。
「ゆ、優勝したら、オレ、阿部君に言いたいコト、あるっ」
「おー、オレもだ。奇遇だな」
 下心を押し隠して返事をすると、三橋に「うおっ」って驚かれた。
「ゆ、優勝しよう、ね」
 こそっと囁かれ、ドキッとする。けど、今は試合直前だし。
「当たり前だ!」
 オレはそう言って、マウンドの前で三橋と別れてホームに戻った。

「1球!」
 大声を上げて、ミットを構える。
 普段気弱そうな顔してるくせに、こんな時ばかり格好いい、キリッとした横顔の方が好きだ。
 バシィンッ!
 いい音を立てて、まっすぐミットに飛び込んでくる白い球。
 それを投げ返して「2球!」と声を上げると、振りかぶった三橋から再びまっすぐに白いボールが投げられる。

 三橋の「言いたいコト」っつーのがどんなものかは分かんねぇ。もしかしたら、オレの想像通りのセリフなのかも?
 でも今は全部関係なかった。
 ――すべては優勝を決めてから。
 三橋と一緒なら、怖い試合なんか何もない。再びボールを投げ返し、「3球!」と大声を張り上げると――三橋はこくんとうなずいて、全力の、一番早い球をオレに戻した。

   (終)

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