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Season企画小説
思い出の1等星・2
 三橋さん、と呼ばれた時点で、別人だっていうのは確実だった。だって阿部君が今更、オレのこと「さん」付けなんてするハズない。
 すっとした輪郭、くっきり二重の切れ長のたれ目、高い鼻筋の、整った顔立ち。阿部君にそっくりだけど、別人だと思ってよく見ると、眉のカーブもほんのり優しい。
 口元とか、アゴの形がちょっとマイルドで、ちょっとだけなんだけど、違うなぁと思った。
 そうだよね、阿部君がこんなとこにいるハズない。
 高揚しかけた気分がしゅーっとしぼんで、けど、平気なフリで彼の顔を見る。

「阿部隆也の弟の、阿部旬です」
 阿部君のそっくりさんは、そう名乗ってにかっと笑った。
 そういえば、弟さんいた、な。
 高校時代に何度か、顔を見たの思い出した。同時に、阿部君の家にお邪魔したこととか、阿部君の部屋に入ったこととか、昔の記憶がドッと胸に押し寄せて来る。
 懐かしい。阿部君に会いたい。
 思いがけず阿部君の身内に会えて、でもやっぱ本人とは違ってて、喜んでいいのか分かんない。
「あ、べ……」
 阿部君は元気ですか、と訊きかけて、口ごもる。そんな風に話題にしていいのかどうかも、よく分かんなかった。

 どうしよう、と口ごもってると、食事に誘われた。
「オレ、今から休憩なんで、メシ行きましょう」
 それにもどうしようって思ったけど、断る理由はなかった。
 連れて行かれたのは、同じビルの階下にある定食屋さんだった。
 紺色ののれんをくぐり、メニューも見ないで「日替わり!」って注文してるとこを見ると、行きつけの店なんだろう。
「お、オレ、も」
 つられたように注文して、促されるままテーブルに座ると、すぐに水が運ばれて来た。
 その水を一気飲みして、阿部君の弟さんは、ぷはーっと息を吐いた。その豪快さが、なんとなく阿部君と重なるような気がして、変な感じだ。

「原稿読むの、結構ノド乾くんですよねー」
 と、そう言うからには、やっぱりあのナレーションは彼が読んでたんだろう。
「ろ、録音じゃないんだ、ね」
 水のコップを弄びながら尋ねると、阿部君の弟さんは「そうなんですよー」と快活に笑った。
 どうやら、録音したものを使わないのは、経営者の方針らしい。
「一応、オレが遅刻した時のため、録音データもあるんですけどね。でもやっぱ録音よりは、生の声で聴いて欲しいなーって」
「へ、へぇ……」
 感心したようにうなずいてると、「三橋さんは?」って訊かれた。
「星、好きなんですか? なんか意外。兄ちゃんと一緒で、星空より青空の方が好きそうなのに」

 「兄ちゃん」。ふいに出てきた単語に、ドキッとした。
「あ、阿部君……」
「そー、兄ちゃん。小学校の頃なんですけどね、うちの父親が天体望遠鏡をフンパツして買ってくれたんですけど、兄ちゃん『オレはいーわ』とか言って、見向きもしなかったんですよー。もう、100%野球脳っていうか……」
 それにも「へぇー」ってうなずきながら、阿部君らしいなぁと思った。
 ああ、でも、2人並んで星を見上げたこと、あったんだ、よ?
 阿部君に夜空を指差され、彼と同じように背筋を伸ばしたいと思った。顔を上げて、上を向いて歩きたい、って。
 太陽に目がくらんでも、星空なら無理なく見上げられるんじゃないか、って。

 間もなく運ばれて来た「日替わり」は、コロッケと白身魚のフライと揚げシューマイ、それにおひたしの小鉢とご飯と味噌汁だった。
「いただきます!」
 手を合わせてガツガツと食べ始める、そんな様子も、やっぱり阿部君の面影があって懐かしい。
 阿部君の弟さんは、その後もモリモリ定食を食べながら、阿部君の話を聞かせてくれた。
「オレの方が帰るの遅い日は、よくオレの分までおかず食べちゃってて」
 とか。
「着る物に頓着しないから、タンスに間違って入ってたら、オレのシャツでも平気で着る」
 とか。
 愚痴ばっか言ってるようだけど、でも兄弟仲いいんだなぁって話ばかりで、面白い。
 兄弟だから当たり前なんだけど、仲良くていいなぁって、羨ましかった。

「興味ないことには、ホント目が行かない性格だから。多分星なんて、シリウスも知らないんじゃないですかねー」
 あっという間に定食を平らげ、彼は割り箸をカタンと置いた。
「し、シリウス。冬の大三角、だね」
 ぽろっと答えると、「さっすが」って誉められた。
 プラネタリウムで働くプロに、「さすが」って言われるとちょっと恥ずかしい。
 それもこれも、彼の声を聴いて覚えた事だ。それがなければオレだってきっと、シリウスが何なのかさえ知らなかった。
『三橋、天の川だ』
 星空を指差す、彼の兄の姿を思い出す。
 星を見るたびに懐かしくなるけど、阿部君は……目の前に座る彼の兄は……2人で見た星のこと、覚えててくれてたりしないかな?

「阿部君、お、お兄さんの方の阿部君、天の川は知ってた、よ」
 思わずそう言うと、弟の方の阿部君は、なんでかぶはっと吹き出した。
「へぇー、意外だな……っ」
 そう言いつつも、ケラケラと陽気に笑ってる。
 オレ、おかしいこと言ったかな? じわっと赤面してると、「三橋さん、可愛いですね」って言われた。
 可愛いは、あんま誉め言葉じゃない気がする。しかも、年下に言われるってビミョーだ。
 どうリアクションしたらいいのか分かんなくてキョドってると、涼やかな垂れ目でじっと見つめられた。
「そっかぁ、なんか分かる気がするな……」
 ぽつりと呟かれた、その言葉の意味も分かんなかった。

 別れ際に「阿部君」と呼びかけたら、彼はニヤッと笑いながら、首を振った。
「オレも阿部君、兄ちゃんも阿部君じゃ紛らわしいでしょ。旬でいいですよ」
「旬、君……」
 シュン、っていう発音は、シュウちゃんにちょっと似てて、呼びやすい。
 ためらいながら呼ぶと、旬君が満面の笑みで「はい!」って元気に返事した。
 
 そのニヤッと笑いにも見覚えがあって、やっぱり兄弟なんだなぁと思った。

(続く)

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あきゅろす。
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