Season企画小説
思い出の1等星・1 (2015七夕・社会人・阿←三)
『夜空に輝く星々の囁き。そこに紡がれる美しい物語に、心惹かれる方も多いでしょう……』
耳に心地いい声が、静かな曲に合わせてゆっくりと星を語り出す。
シートに体重を預け、天井に映し出される星空を眺めながら、オレはじっと、そのナレーションに耳を傾けた。
『蒸し暑い夏の夜でも、こうして星空を見上げますと、少し涼やかに感じます……』
夏の夜の、星空。
片思いの相手と見た景色がふっと頭の中に浮かび、じわっと泣きそうになって目を閉じる。
「見ろよ三橋、天の川だ」
そう言ってぐんと背を伸ばし、目を細めて星を見上げた彼の姿を、オレは今でも覚えてる。
彼――阿部君は、オレにとって夏そのもののような人だった。
目を閉じるとさらに、ナレーションの声が胸に響く。
『頭の真上近くに、ひときわ強く輝く青い星が見えるでしょうか? これは琴座の1等星、ベガです。空のアークライトとも呼ばれる通り、大変明るく、美しい星ですね……』
響きのいい低い声。
聞いてると、いつも阿部君のことを思い出してしまうのは、このナレーションが彼の声にそっくりだからだ。
それに気付いて以来、疲れた時は、いつもここに来るようになった。
阿部君の声を聞くと、どんなにしんどくてもリラックスできる。
本物の阿部君じゃないけど、ホントにそっくりな声をしてて、それだけでも十分だ。
このプラネタリウムを見つけたのは、偶然だった。
待ち合わせしてた友達から、「1時間遅れる」って連絡があって。近場で時間つぶしできるとこ探したら、偶然近所にあったんだ。
上映時間が45分で、ちょうど上映の直前で。タイミングもすごくよかったと思う。
入ると涼しくて、快適だった。
シートも座り心地いいし、音楽もキレイで優しくて、星の話も面白かった。
それまでプラネタリウムに縁がなかったから、余計に魅力的に感じたのかも知れない。
声もよかった。
なんでこんな落ち着くんだろうと考えて――阿部君の声に似てるんだって気付いたのは、1ヶ月くらい経ってからだ。
……阿部君、元気でいるのかな?
今日も彼のことを想いながら、別の人のナレーションを聴く。
阿部君に限らず、高校時代のチームメイトとは、もうほとんど連絡を取ってない。
未だに交流があるのは田島君たち数人で、それも年に一度、年賀状のやり取りをする程度の付き合いだ。
高校時代は毎日のように会ってたのに、大学が違うと途端に疎遠になっちゃうものなんだな。
それでも就職するまでは、年に数回飲み会したり、後輩たちの試合を見に行ったりで顔を合わせることもあったけど、社会人になった今では、サッパリだ。
でもそういうオレだって、日々の忙しさに流されて、昔のことを思い出す暇もあまりない。
今更用もないのに、電話したりメールしたりする勇気もなかった。
寂しい。会いたい。もっかい直に声を聞きたい。
でも、それは叶わない望みで――このプラネタリウムのよく似た声を聞きながら、彼を懐かしむしかできなかった。
『ベガのもう1つの呼び名をご存知でしょうか? 織姫、そう、七夕伝説でも有名な星ですね……』
静かな音楽の合間に、ゆったりと星を解説してくれるナレーション。
こういうプラネタリウムのナレーションって、録音したものを流すのが普通みたい。大手のとこだと、声優さんやタレントさんのナレーションを聴けるとこもあるんだって。
だから、てっきりここもそうなんだと思ってたけど、どうやら毎回、ちゃんと人が喋ってるらしい。
それが分かったのは、通い始めてから何回目だったかの、どしゃぶりの雨の日のことだ。
『本日はあいにくのどしゃぶりですが、雲の上では相変わらず、星たちが輝いていることでしょう』
そんな風にアドリブが入ったの聴くの、初めてだったからビックリした。
どんな人が喋ってるのかな、と思う。
顔も阿部君に似てるのかな? 当然、男の人だよね。
骨格や体格、体型なんかが似ると、声って似やすいんだって。体の厚みや骨の長さ、太さ。それは顔にも当てはまるから、顔が似てると声も似てる事が多いって。
オレもそういえば、イトコと声がそっくりだって言われる。
会ってみたいな。
会ってどうするんだって言われても困るけど、会ってみたい。顔が見たい。
でも、ホントは阿部君の顔が見たい。
阿部君と会って、「三橋」って、笑顔で呼んで欲しかった。
七夕が近いから、ナレーションは天の川や七夕の話がメインだった。
琴座のベガ、わし座のアルタイル。織姫と彦星。この2つの星の物語を簡単に語った後、白鳥座のデネブについて教えてくれる。
『ベガ、アルタイル、そしてデネブ。この3つの1等星を結ぶと、夏の大三角が現れます……』
阿部君によく似た声が、静かに語る星の話。
そろそろ上映が終わる頃だ。今日も、落ち着けたなぁと思う。
何度も通ううちに、星や星座もある程度は覚えちゃったけど、それでもプラネタリウムに通うのは、当分やめられそうにない。
阿部君への片思いだってやめられそうにないんだから、仕方ないのかも知れなかった。
やがて予想した通り、45分間の上映が終わった。
場内にぽつぽつと灯りが点き始め、シートに預けてた背を起こし、ため息をつきながら立ち上がる。
星空の世界から、一気に現実世界に戻されるこの瞬間に、最初の頃は慣れなかった。
スタスタと軽やかに出て行くみんなの姿を眺めつつ、ふらつきながら1歩踏み出す。ホールは明るく眩しくて、それにもまた、目がくらんだ。
「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
受け付けのスタッフが、客に声をかけ、送り出してくれる。
雨の日には、これが「足元にお気をつけて」に変わったりして、そういうきめ細やかな気配りも、このプラネタリウムの気に入ってるとこの1つだ。
「ありがとうございました」
「お気をつけてお帰り下さい、ありがとうございました」
穏やかに優しい声で、客を送り出す数名のスタッフ。いつものプラネタリウムの、いつもの光景。
その中に――。
「ありがとうございました。またどうぞお越しください」
聞き慣れたあの声が混じったのが分かって、ドキッとした。
ハッとしてスタッフの方を見て、またドキッとした。
「阿部君!?」
とっさに声をかけ、まさか、と思う。
阿部君は大手のメーカーに就職したハズだ、こんな小さなプラネタリウムでスタッフやってる訳がない。でも、顔がそっくりだ。
なんで? やっぱり、声が似てると顔も似てるの? 他人の空似? それともイトコとか、親戚かな?
信じられない思いで呆然と見てると、相手の人と目が合った。その瞬間、その人もすっごく驚いた顔をして。
「ええっ、三橋さん!?」
オレの名を呼んで、こっちに1歩近付いた。
(続く)
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