Season企画小説
もぎたて、堀りたて (2015栄口誕・社会人・栄口視点)
「ビワといえばさ、小学校だかの音楽の時間に、歌、習ったよね……」
車内に漂う気まずい空気を何とかしたくて喋ってみたけど、誰からも返事がなくて、余計に気まずかった。
お腹痛くなりそうな予感。
「♪ビワはぁ〜やさし〜い〜きーのみだかぁら〜、だぁっこ〜しああってぇ〜……、って、あれ、この後なんだっけ? 揺れてるんだっけ、ねぇ阿部?」
ヤケクソで歌っても空気は何も変わんなくて、辛くて、運転席の阿部に声を掛ける。
すると阿部は、ちらっとも後ろを振り返らずに、抑揚のない声で言った。
「群れてんじゃねー?」
「いやぁ、群れてはないでしょー」
ははは、と乾いた声で笑いながら、オレは隣に座る三橋に目を向けた。
助手席じゃなくて後部座席、阿部の真後ろに座る三橋は、ぼうっと車窓を眺めたままだ。ねぇ、普通、運転手の恋人って、助手席に座るよね? それがなんで後部座席?
「ねぇねぇ、三橋はどう思う? ビワの歌。抱っこし合って、揺れてるんだっけ? 群れてるんだっけ? なんか、そういう感じだった気がするんだけどさ」
すると三橋はパッとこっちを振り向いて、縁の赤くなった目をぱしぱしとまたたかせた。
「む、ムケ、てる?」
「いやいや、ムケてはないでしょ! あはははは……は……」
思わず笑っちゃったけど、でも三橋も阿部も笑ってなくて、たちまちおかしさが霧散する。
ねぇ、ここ、笑うとこだったよね?
無茶苦茶気まずい。下腹がきゅーっとケイレンし始める。
高速乗ったばっかだっていうのに、トイレ行きたいとか言ったら、阿部に睨まれそうで怖い。
こんな怖い阿部と付き合うとか、同棲するとか、オレには到底無理な話だ。それだけで三橋のこと、尊敬する。よく耐えてるよねー!?
でもさすがに、耐えかねちゃったのかな? コイツらのケンカって初めて見るけど、それだけに心配だ。
今朝いきなり電話かかって来て『ビワ、好き?』って訊かれた時から、なんか声がおかしかった。
迎えに来られて車に近寄り、三橋が後部座席だと気付いた瞬間は、もうホント、言葉もなかったね。泣いてはないけど目元が赤くて、ずーっと口元とがってて、重い。
突然ビワ狩りに誘われたのって、もしかして2人だと気まずいからかな? でももう、オレも気まずいんだけど、どうすればいいんだろう?
とにかく三橋を差し置いて助手席に座る訳にもいかず、三橋と並んで後部座席に座って今に至る。
高速乗った瞬間、「ああ、もう帰れない」って思ったけど、後悔しても遅かった。
アクアラインを突っ切り、館山自動車道をノンストップでぐんぐん走って、着いた先は、房総半島。
ビワ狩りのコースは、30分もぎ取り食べ放題。費用は1人2000円ちょっとで、「誕生日だろ」って言われて奢って貰えることになった。
誕生日、うん。覚えてくれてたのは嬉しいけどね、だったらもうちょっと、こう、雰囲気よくしてくれるかなー?
いざビワ狩りが始まっても、阿部と三橋の間に会話はなくて、気まずいコトこの上ない。
今は旬だからハウスの中じゃなくて、広いビワ畑の中で。ふと気付いたら阿部の姿は見えなくなって、オレと三橋の2人だけ。
三橋はって言うと、手当たり次第にビワをもいでは皮をむいて食べ、食べながらもいでは皮をむき、むいた端から食べていく。
一心不乱っていうか、鬼気迫る勢いっていうか、とにかくわき目もふらずにビワ、ビワ、ビワだ。
いや、まあ、30分の時間制限付きだし、そうやって食べるのは正しいよ? 正しいけど、こう、もうちょっと和気あいあいとさ、お喋りしながらするもんじゃないの、ビワ狩りって!?
薄皮に包まれた、ジューシーなオレンジの果肉、甘い香り。真ん中の種がまた意外に無骨で可愛くて。ああ、ビワ美味しいね。
美味しい……よね?
もぐもぐもぐもぐ、むぐむぐむぐむぐ、わき目もふらずにビワを食べてる三橋は、世界に自分とビワしかないみたいな勢いだ。
何かこう、横で見てるだけで、下腹がくーっと痛くなる。
「こういう何とか狩りって、よく来るの?」
といっても、他にはミカン狩りとイチゴ狩りくらいしか思い浮かばないけどさ。
ビワの皮をむきながら訊くと、三橋は一瞬手を休めて、こくりと小さくうなずいた。
「この、前、じゃが芋狩り……」
じゃが芋は狩るんじゃなくて掘るんじゃないかと思ったけど、無用なツッコミはなしにする。
「へぇー、じゃが芋! いいねー! えっ、食べ放題じゃないよね?」
オレの問いに、三橋はまたこくんとうなずいて、「持って帰……」と呟いた。
「へぇ、持って帰るのか。まあそうだよね、じゃが芋はナマじゃ食べられないし。持ち帰って家で料理するんだよね。でもいいなー……」
素直に感心して話を向けると、そこでなぜか、三橋が大きくしゃくり上げた。
「で、も、阿部君、はっ、オレの料理、食べたくない、って……!」
「へっ、三橋の料理?」
思わず訊き返したけど、三橋は「ううーっ」と泣き出して、でも泣きながらビワを貪り食うのはやめなくて、話を聞くどころじゃなかった。
ケンカの原因はこれかー、と思う。
ビワの甘みに浸るような気分でもなくて、三橋の背中をさすってなだめてやりながら、頭上で揺れるオレンジの実を見つめた。
脳内では例のビワの曲が、ハッキリと分かんないままエンドレスで流れてる。
抱っこし合って、何だっけ?
どうでもいいことが頭から離れないのは、現実逃避の一種かな?
そうこうしてる内にやっと30分が終わったみたいで、終了の合図が流れた。
三橋が何個食べたかは知らないけど、オレはせいぜい10個かな。でも、ビワ10個ってもう十分だよね。1年分くらい食べた感じだ。
受付の建物に戻ると、阿部はとっくに戻ってたみたいで、壁にもたれて呆れたようにオレらを見てる。
「まだぐじゅぐじゅ言ってんのか?」
冷やかな一言に、ドキッとした。
三橋に向けて言ってんのは明らかで、当の三橋もビクッと肩を竦めてる。
昔はここで走って逃げてたんだろうけど、三橋も強くなったよね。「だっ、て!」って言いながら、涙目で阿部をぐっと睨んだ。
「阿部君、オレの料、理……!」
「仕方ねーだろ、飽きたんだから!」
飽きたって。その言い方はヒドいよね。
思わず「阿部ェ」とたしなめると、阿部はちらっとオレを見て、それからまた三橋に向き直った。
「肉じゃがも、ポテトグラタンも、ジャーマンポテトも、コロッケも、ポテトサラダも、フライドポテトも、明太ポテトも、もううんざりだっつの。たまにはラーメンや焼肉が食いてーよ!」
それに対する三橋の応えは、「じゃがバターラー、メン?」だった。それ、どんな味? 興味あるけど、ちょっと怖い。
「そうじゃねーだろ!」
阿部は大声でわめいて、はーっと深くため息をついてる。
んー、これってどういう意味なのかな? 三橋のレシピが偏ってるってこと? でもそんなの、その内増えてくだろうし。作って貰えるだけありがたいと思うけどな。
まあまあ、と2人をなだめながらお土産コーナーを見て回り、ビワのバームクーヘンとビワのワインを自分用に買った。
店内にはあの童謡がBGMにかかってて、思い出せなかった歌詞が「熟れている」だってことも分かって、スッキリだ。
トイレも行ったしね。
後は阿部と三橋だけなんだけど、もういい加減仲直りして欲しい。帰りの車の中まで気まずいの、オレ、イヤだよ? もう歌わないよ?
車に向かいながらまだ睨む合う2人に、オレは見兼ねて割って入った。
「三橋の手料理、オレなら毎日でも嬉しいけどね。いいじゃん、肉じゃが、コロッケ、ポテトサラダ。オレ、全部大好きだよー」
明太ポテトは別だけどね、と、心の中だけで呟いて、ケンカップル2人を見比べる。
三橋の方は不満げに唇とがらせたままだけど、阿部はなんでかポカンとした顔で、オレの方を見つめてた。
そして言ったんだ。
「……そーか、栄口がいたか」
えっ、オレ、最初からいましたけど、何か? イキナリの名指しに、ちょっとビビる。
一方の阿部はというと、憑き物が落ちたみたいなスッキリとした顔で、三橋に今日初めての笑みを向けた。
「三橋、戦利品を全部栄口の誕プレにしてやれるんなら、もっかい行ってやってもイイ」
戦利品? オレ? もっかい行くって、一体どこへ?
話が全く見えなくて戸惑ってると、三橋がじわーっと笑顔になった。
「ほ、んと?」
って。いやー、やっぱり笑顔がいいよね。いいけどね。あの気まずい雰囲気はホントなんとかして欲しかったし、2人が仲直りしてくれるんなら、いいけどね。
後部座席に1人でぽつんと座らされ、途端にイチャイチャし始めたバカップルを呆然と見つめる。
行きとは格段に空気がよくなって、オレもそれを望んでたハズなのに……イヤな予感しかしないのは、なんでだろう?
車はまた高速道路を突っ走り、同じく房総半島の中の広い体験農園に着いた。
三橋がビワ狩りじゃなく、じゃが芋狩りに行きたがって拗ねてたんだって知ったのは、その30分ほど後のことで。
「栄口。誕生日、おめでとう」
そんな言葉と共にずっしりと大量のじゃが芋を持たされて――オレはようやく、阿部が「飽きた」って怒ってたホントの意味を悟った。
「芽ェ出る前に、早く食えよ」
って。いやいやいやいや、オレ、そんな自炊しないんですけど、どうしろと?
ビワの甘い余韻は消えて、腕の中には土のニオイをぷんぷんさせた、掘りたてのじゃが芋が約3kg。
もう頭の中に、ビワの童謡が流れることもなくて。
じゃが芋メニューもそんな思い浮かばなくて。ずっしりと重い誕プレを抱えて、オレは途方に暮れるしかなかった。
(終)
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