Season企画小説
Lの襲来・5 (完結)
本人が言った通り、三橋は20分もしねー内にオレらのとこに戻って来た。
オレの狼狽ぶりに、高瀬も河合も、榛名までもが心配して待ってくれてたけど、先に戻って電話の内容を話したら笑われた。
「ほら、オレが言った通りじゃねーか」
榛名はそう言って、オレらをこの後のメシに誘った。
「しゃーねーな、ビール1杯で許してやるよ」
って。大リーガーが庶民のオレらにたかるつもりか?
「勿論奢りますよ、誕生日でしょ」
そう言うと、榛名は陽気に笑って後ろ手を振りながら去ってった。
河合と高瀬も笑ってはいたけど、オレを心配し過ぎだとは言わなかった。
「オレも去年、似たようなこと言って迷惑かけちまったしな」
河合に言われ、そういうこともあったなと思い出す。2人が隣に引っ越して来てから、そうか、もう10ヶ月経つんだな。
恋人に恵まれ、隣人に恵まれ、先輩にもまあ恵まれて、今はスゲー平和だ。仕事だってやりがいあるし、顧客はともかく、上司にも同僚にも文句はねぇ。
「お前らってさ、三橋の方が阿部にベッタリなように見えて、実はお前の方が執着が強いよな」
河合の見透かしたような言葉にドキッとしたけど、何のやましいこともねぇ。
「当たり前でしょ、あんな可愛いんだから」
そう言うと、河合も高瀬も「はいはい」って笑ってた。
三橋が恐縮しながら戻って来た後で、2人の隣人とは解散になった。
地下鉄の駅に向かうっつー2人に合わせ、そっち方面のゲートから一緒に外に出ることにする。
まだまだ青いシャツの連中は多いけど、それでもやっぱ、1歩外に出ると別世界だ。
車通りも人通りも多いアベニュー。
すぐ上を高架が走り、日常の喧騒に包まれる。
ベンチで一休みしてる老人は、観戦客だったのか、ただの通行人なのか、それすらももう判断できねぇ。日常が一気に戻って来る。
「榛名によろしく言っといて」
捕ったボールを掲げながら、高瀬の肩を抱いて歩き出す河合。
そのボールにはいつの間にか榛名のサインが入ってて、オレのいねー間に何か話してたりしてたみてーだ。
「うおっ、サインボール、だ!」
三橋は目ざとく呟いてたけど、オレにとって榛名のサインはそう重要じゃねぇ。
それよりも、高架の向こうに去ってく2人の、その自然な肩の組み方の方が気になった。
付き合って何年になるんだろう? 出会ってから何年? 自覚してからは?
オレらは……どのくらい経つんだっけ?
「じゃあ、オレらも行くか」
この後は、榛名の使いのヤツと、球場を挟んで反対側の、公園の前で待ち合わせだ。
球場に沿って、チームの選手たちのデカいパネルが何枚も並ぶ横を、三橋と並んでゆっくりと歩く。
三橋は口をぽかんと開けて、のけ反るようにパネルを見てる。
人混みがイヤで、いつもは地下鉄であっさり帰ってたから、そういえば周辺を散策すんのも久し振りだ。
「榛名さんもある、かな?」
「そりゃあるだろ」
多分な、と心の中だけで呟いて、車道側を歩きながら、パネルに夢中な恋人を見下ろす。オレだって興味がねー訳じゃねーけど、今は何となく、他の男らに夢中なのがシャクだ。
肩に腕を回し、ぐっと抱き寄せると、三橋が驚いたみてーに顔を向けて、それからじわっと赤くなった。
コイツのこの赤面ぶりが、たまんなく好きだと思う。
何年付き合っても、何度抱いても、いつまでも初々しさを忘れねぇ。愛情の垣間見える笑顔が好きだ。
そのせいで、熟年夫婦みてーな自然な感じには振る舞えねーんだとしても。やっぱ、三橋がいいと思う。
触り心地のいい、色素の薄い白い肌。寝癖のつきやすい、ふわふわの猫毛。強引に舌をねじ込むと、すぐに「んっ」ってうめく口も、キスの後、とろけたように縁が赤くなる目も、低い鼻も、何もかも好きだ。
柔らかな髪に指を遊ばせると、三橋が小さく肩を竦めた。
「な、なに?」
照れたように訊きながら、気持ちよさそうに目を細める。オレに全部委ねてんのがよく分かる。
「いや、好きだなと思って」
ぼそっと告げると、三橋の赤かった顔が、一瞬で更に赤くなった。
「あ、べくん、みんな見てる、よっ」
「はっ。誰も見てねーよ」
真横を車がビュンビュン通ってっけど、そんなのただの行きずりだし。何も気にすることはねぇ。
かわいい苦情を笑い飛ばして、髪をくしゃくしゃかき混ぜる。
あんま外でベタベタすんのは好きじゃなかったハズなのに、なんでか今日は止まんねぇ。見せつけてやればいいだろ、と思った。
そうしてる内にいつの間にか球場を通り過ぎ、待ち合わせの公園が見えてきた。
「は、榛名さんのパネル、見逃し、たっ」
文句を言いつつ、立ち止まる恋人の背中を、くくっと笑いながら前に押す。
「また見に来ればいいいだろ」
「そう、だけど……あ、阿部君、いつも忙しいでしょ」
そんな風に、拗ねたように言う仕草も可愛い。
榛名の使いが迎えに来ても、その気分は薄まらなかった。
「おーい、お待たせ、お2人さん」
顔馴染みのメガネ男が手を振って、それからオレを見て、ちょっと驚いたように目を見張った。
「どうしたの、ヤケにハイだね」
って。よく知らねぇヤツにもそう見えるんだから、やっぱちょっとおかしいんだろうか?
誘われるまま白い日本車の後部座先に乗り込んだ後も、三橋の方に手が伸びる。
腰に腕を回すと、三橋がまた赤面しながら、なんでかオレに謝った。
「あの……ゴメン、ね?」
「はあ?」
ゴメンの意味が分かんなくて訊き返すと、「さっきの……」って言われた。
「心配させたみたい、で。ごめん」
真面目な顔で謝られ、すうっと高まってた気分が醒める。
ああ、と思った。
そうかオレは……こんなにも、コイツに溺れちまってんだな。
「いや……」
苦笑して三橋の腰から手を放し、照れ隠しに反対側の車窓を眺める。
間もなく榛名が、「よー、久し振り」つってくだんねーこと言いながら乗り込んできて、我ながらホッとした。
車内のビミョーな空気も吹き飛ばし、豪快に笑って光に変える。
腐れ縁のこの男の登場を、こんなに眩しく頼もしく感じる日が来るなんて、今まで思ってもみなかった。
(終)
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